sleep.04

□エゼキエルの預言
1ページ/1ページ



対面の挨拶を交わしてから、それから、と言葉を付け足して揺れるような微笑みを見せる彼女は紛れもなく少女だ。まだ大人にはなりきれていない未発達な笑顔。
どうか忍びという血生臭いものに染まらないで欲しいと願ってしまう。欲を言えばこれからも、その先も。
半面教師の素質はこの職に就いた頃から薄々見え隠れしていたので驚くようなことじゃない、けど。恥じるべきではあると思う。
少なくとも私は彼女の担任ではないのだし。深入りを過ぎるなどとは持ってのほか。

「先生が来るんだってすぐに解りました」

「どうしてだ?」

「足音で」

「…ほぅ」

先日教えたのは足音で相手の体重を見破る方法だったはず。
応用が利くのか。感心した。
褒めるように頭を撫でてやるとはっとした表情で顔を赤らめるので、問題の多い奴等とは違うのだったと慌てて伸ばした手を引く。
受け持つ生徒のにたりとした顔が浮かんだ。本当に生意気な可愛い奴等だ。





「先生の生徒になれれば良かったと思うことがあります」

「それは嬉しいな」

私も同じ想いだと言いかけて、しかし明らかに自分の方が重いようであるので止めた。
不純した、下心だってなきにしもあらず。誰にも言えたことではない。
教師と生徒。その関係が壊れるようなことが万が一でもあってはならないのだから伝えることもないのだ。
尊敬される立場であるうちは。そう決めている。


「土井先生お客様がいらしてますよ」

「はい、ただいま」

いつもと変わらぬ雰囲気のまま顔を出す山田先生。ふたつ返事を返すとあまり待たせるんじゃないよ、と諭すような声を残された。まるで父親のよう。
もしも生きていたなら、と今は亡き父を想ったが顔すら覚えてはいなかった。焼き討ち。あまりにも幼いすぎた自分。
もしかすると山田先生にも同じように打ち明けられない悩みを抱いた時期があったろうか。思ったがそれだけはなさそうだ。あの人に限って。
ましてや自身の役職の対象である生徒になど。あり得ない。
考えれば考えるほど深みにはまっていく。
下手にもがかない方が良い。こういう場合には。そんな気がした。

「明日は何を教え頂けるのか楽しみです」

「私も、明日は何を教えようか楽しみだよ」

素質も知識もあるのだが立派な忍びにまでさせたいとは思わない。
立派とはなればなるほど死が近付くものだから。時々力を振りかざしてでも止めたくなる衝動に駈られるのはこの所為だと思う。
死なせるくらいなら何も教えなければ良いのに。
教師という仕事を初めて辛いと感じた。
しかしそれを捨ててこそ職務を全うするということ。

日々繰り返される質問に一度だけ、強く頷く。
今日も。恐らく明日も。
その時が来るまでは何度だって。





先生、私には忍びは向いていますか。

(080719)


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ