sleep.05
□カートによろしく
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びっくりしちゃうよねぇ、勘違いも甚だしい!
見下すような反応は思ったより彼のガラスのような脆い心に響いたようだ。丸く見開かれた目の奥にきらりと光を反射する膜が浮かぶのを見た。
しかし無視だ、無視を決め込む。
それに今回もこうして傍観に徹するが吉であると見た。
面倒は極力避けたいというのが本音でもある。
なにかと些細なことに傷付きやすい彼は少し他人に対して優しさが過ぎるのかもしれない。損な立ち回りだとも思う。
「私が誰と映画を観に行こうとじゅう君には関係ない」
「ばっか幼馴染みだろ」
「幼なじみは一緒に映画を観に行かなきゃいけないなんて決まりも、ない」
「おまえさぁ、何でそんな可愛気がないの。小さい頃はじゅう君のお嫁さんになるぅーとかもっとこう…」
「よし決めた。少し距離を置こう」
だって私達もう高校生だよ。胸ぐらを掴み突っ掛かればそれが何だとばかりに方眉を上げられる。な、なかなか悔しいじゃないか。
愛だとか恋だとかそういうのにだって精を出したい年頃だとも言ってみた。いくら幼馴染みでもいつも隣にいるようじゃ寄って来る男の子なんて誰もいないし、それにただでさえ柄が悪い不良だ、男の子どころかすれ違う人みんなが道を開けてくれるじゃないか。
あぁそうだよそうだ、この前だって。
言いかけたが場違いにも彼が笑うので気が失せた。
どうも奔走しているのは私だけみたいだ。馬鹿馬鹿しい。だけど気楽になれるような話題じゃあない。決して。
言い換えるならば死活問題とも言えようか。
「他人が道開けるなんざ歩きやすくて良いじゃねーか」
「だけど華の女子高生に華がないなんてそんな笑える話がどこに…!」
そりゃあじゅう君には部活があるから不満なんてないんだろうけどさ。
口を尖らせつつ吐く愚痴についても、いやぁ別にそんなことはねぇよー、と頬を掻く。
うるさい照れるな、褒めていない!
「あーあ、じゅう君の脳みそは能天気で羨ましいわー」
「何だよ、そんなに彼氏が欲しかったんなら最初から俺に言えば良かったのに」
「なに紹介してくれるの」
「いや、俺で良いじゃんって話」
「…」
「ちょっ、反応くらい寄越せっつーの」
とうとう血迷ったかと思える言動に頭を抱く。あぁこいつの頭はついに駄目になってしまったみたいです、かみさま。
目眩を覚えると広がる視界は眩しいほどに真っ白だ。
否、真っ黒になった。たった今。……まっくろに。
「騙されたと思って付き合ってみろよ」
「だ、騙されるのは嫌いだから、…ていうか何かなこの腕は」
引きはがそうと触れた腕は低体温の彼にしては熱いので。
はっと息を飲む。
見上げると短い眉の間に皺。眼は何かに堪えるようにこちらを見据えて揺れている。
こんな苦しそうな顔、今まで一度足りとも、見せたことなんて…。(そういえば彼は私の前で泣いたことが一度だってなかった。)
「じゃあ幼馴染みの延長戦だと思ってさ」
「延長戦ってなに。何と戦えって言うの」
「…倦怠感、とか」
……ばか。
突っ込む気もないと何ともみえすいた言い訳をして彼に倒れ込む。
しっかりとした力で私を捕らえている腕。熱い。しかしもう少しだけ強くても。
「変な虫に付かれないように見張るのは大変だったんだからな」
「だったらもっと早くに言ってくれれば良かったのに」
受け止めた彼の腕はまだ震えたまま。
大丈夫だよ、ありがとう。まだ上手く笑えない彼の頬に手を、伸ばす。
(080731)
今までもこの先も。映画だってやっぱり隣には彼がいなければ。