sleep.05

□彼女は確かに此処にいた
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胸の突っ掛かりがまだ取れてないのは。そんな人間は自分の他には誰一人としていなくなってしまったように思う。
しかし彼女を忘れた人間がいるわけではない。あれほどまで存在感の濃い人間も珍しいものだから当然と言えば当然のことだ。

そういえば、と。初対面で結婚を申し込むという暴挙に出た彼女を思い出す。
懐かしさは勿論だがそこにはまだ愛しさもはっきりと残っているので、これが消えないうちには次はないだろうな。
思う度に遅れてゆく婚期を笑う。

しかしそれすら彼女に向けられた愛なのだと思うと打ち切ることもならない。
この先の人生を彼女に縛られるならば悪くないことだとも思う。
歪んでいるとしても愛故のことだ。



立ち込めたコーヒーの薫りは以前彼女が淹れてくれていたものと同じ。糖度の感じられない苦々しい、しかし安心感がある。
そうだ、これは彼女の匂いだ。思い出せば胸がきつく痛んだ。いっそ泣いてしまえたら。

「笹塚さん、お代わりどうです?」

「いや…自分でやる」

あぁ、そういえば彼女がいなくなってからコーヒーを他人に作らせることがなくなった。
小言がもう一度だけ聞きたくて机の上も更に汚くなった。
無茶な仕事ばかりこなしていたらいつの間にか地位ばかり偉くもなっていた。だけど金を使うにも一人では、あまりにも。
金も時間も全て彼女があってこそのものであって今となっては意味がない。

自分でも驚いたが泣いたのは最初のあの一晩だけだった。
泣かないわけではなく、泣けなくなったと表した方が正しい。
寂しいと呟いたのも置いていくなと悔やんだのも。人生であれが最初で最後になるのだろうとも悟った。
早くその最後が来れば良いのにと切に願う毎日。
俺は死ぬために生きているのか。問いても答えはない。


「そろそろ現場検証にでも行きますかー」

「…そうだな」


(080801)
しかしそれを言うには距離が離れすぎてしまったし。


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