sleep.05

□イイエ私ハ貴女ノ為ニ
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この世界を壊してしまうには少し、長居をしすぎてしまったようだ。
目を閉じて浮かぶのは口を開けば米二文字の仏顔でもあるし、あくまで穏やかに客観的な態勢を貫く色男でもある。


もう戻れない。裏切るということは今まで身を置いていた場所に帰れなくなるということ。
だからあの部屋にはもう、帰れない。
酔ったヒョーゴが破った障子も。いつかキュウゾウが拾って来た猫の爪痕も。結局どちらも直せないまま出てきてしまった。今となっては直そうにも言える相手もいやしないし。

あのとき共に笑った人達は今では敵だ。テッサイさんも若様も、みんな。
死んだヒョーゴとは味方のままで終わることは出来なくなってしまったけれど。敵とか味方とかそんな狭い仕切りではこの繋がりは切れはしないと信じている。
きっと、まだ生きている彼とだって。三人で。


しかし敵は増える一方に思う。ビコーズアイアム反逆者。しかし優勢から劣勢への転嫁はさすがにキツイ。
ならば今こうして身を寄せている彼等と刃を交える時もいつかはやってくるのだろうか。不安がよぎる。が、それはあまりよろしくない。
出来ればそんなことは避けて通れれば一番なのだけど。すんなりと事が進まない場合は、そうするしか。しかしそれでヒョーゴは死んだのだ。(そして殺したのは確かにキュウゾウだった。)



「想いを馳せる娘さんというのも乙なものでげすね」

神無村の、誰もいない夜中の縁側が好きだった。たまに人の気配を感じることがあってもそれは昔から馴染みのあるブーツの音を伴うので嫌な気はしない。少しだって。
彼は自分から話しかけるということをあまりしたがらないし。それは昔から変わらず、今も、きっとこれからも続いていくのだろうとも思う。
しかし単に人付き合いが苦手というには臆面もなく自分を晒け出して生きるので、面倒なだけなのだとも。しかし干渉は良いとは。とてもじゃないが言えない。
やろうと思えば他人と息を合わせることだって出来るのだ。敢えてやらないだけであって。

何だか生きにくそうだと思う。彼のような人間に。この世界は。

だけど今ここにはブーツが生む固い足音もまとわり付く殺気もないので。代わりに擦るような上品な足音がさらに強調されているように響く。


シチロージさん。

声の方向を見上げれば彼と同じく黄色い髪。しかしさらりとしている。
下ろしたところを見たのは初めてだ、まるで別人!
少なくとも櫛が通らなそうなほど無造作ではないようなので、明らかな両者の違いはそこにもあるらしい。

「馳せる相手はさぞや幸せものだろうよ」

「そう思うのなら少しばかり悪趣味です」

「それは、どうしてだぃ?」

「もう戻れなくなってしまったから、あそこには」

それは…、シチロージさんの目が細まっていく。
ごめんなさいごめんなさい、私は全てを覚悟をしたはずだったのに。
しかし言葉とは裏腹に溢れ出る涙を止めることなんて出来やしない。伸ばされた手にびくりと身を引くと柔らかい笑いで流れるそれをそうっと指で掬われた。
此処では誰も責めやしない。わ、解ってます…!


「だけどあと数年でも早ければアタシは、」

「…シチロージ、さん?」

強く、抱き締められた。彼の顔は見えない。


(080804)


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