sleep.05
□君の世界、僕の世界
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文字通り、視界に飛び込んで来たそれは何の予兆もなく私の腕を引いて駆け出した。
(お、女の子…!?)
分かれ道にも迷いもせず。ただただ真っ直ぐに。
抗うにも時間は経ちすぎていたので、私はただ左右に揺れる馬の尾のような、しかし黒い後ろ髪を追うばかりだ。
どこに向かいたいのだろう。しかし相変わらず前方の彼女を見るにも後ろ姿。
「此処に、早く!」
ぐいっと腕を強く引かれたと思えば暗い部屋に押し込められた。
何をするんだ!怒鳴りたかったが押し込められたのは自分だけではなかったので、これはどういった訳なのか。
閉めきった扉の隙間から外を覗き見ている様子も怪しいというより他ない。
考えられるのは何かに彼女が追われていること。そうでないのなら本当に怪しいだけだ。追われている。しかし何に。
「私まで巻き込むことはなかったのではないか…」
「いやぁそこにいたから、つい、ねぇ」
ごめんねーと笑う。今の会話の何処に笑う要素があったのだろう。是非とも教えて頂きたい。
しかしその場に存在していただけでここまで巻き込まれる自分もどうだ。
注意力の欠落。それも否定は出来ない。
「ていうか君、利吉くんじゃん」
「如何にも」
「容姿端麗で成績優秀な、あの」
「…世間ではそう出回っているのか」
良い気はしないとの呟きに彼女はそれは悪い気はしないの間違いではないのかと疑問が浮かぶような表情。何せ自虐的傾向と吐く。
ゆっくりと扉に手を掛けて隙間を広げてゆく手は頼りなさ気なほどに女のそれだった。
廊下の光が暗室に線となって入り込む。光の先に位置していた所為で目が細まる。眩しい。
「振り回してごめん」
「いや退屈だったし、別に良いよ」
理由は聞かない。誰にだって聞かれたくない話の一つや二つは持っているものだから。触れない。
「忍術学園の山田先生がお父様と言うのは本当?」
「うん、だいぶベテランになられる」
「へぇー!」
「そんなに驚く事か」
じゃあ利吉くんも将来は先生になるのかなぁ、なれると思うよ!
早とちりはお手のもののようだ。あまりにも目を輝かすのではっきりとした否定は示せない。
だけど教師にはなりたくなかったのだ。教師だけには。幼い頃から父を見て育ち得た教訓。
輝かしい将来の為に時として自身を犠牲にする。自分には到底真似も理解も出来ないと思う。
だから本音はフリーとして働くに限る。と思っている。
特定の主に従い続けることは性に合うとか合わないとかそれ以前に嫌いなのだ。私にとっての忠義とは仕事そのものだから。
「そういう君はどうなの?将来のこと」
暗室から出る際に自分がされたものと同じ質問を彼女に向かって問いてみた。
存在自体が奇想天外な彼女の答えはやはり予想が付かない。それこそ私も教師になりたいとさえ言い兼ねないような。
「お嫁さんかなぁ」
…利吉くんの。
「な、っ!」
果たして彼女は何から逃げていたのか。
(080805)
つまりは目的のためには嘘も必要なのである。