sleep.05

□名前で呼んでみてよ
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近寄り難い人なのだと思っていた。
それは常に纏っている天才というオーラの所為かもしれないし、切れるようなあの鋭い目付きの所為かもしれない。
芸能人の子供というのもあるいは一つの理由かもしれない、とまで考えて。
そうだ彼はそれを何より嫌がるのだ。
謙虚とは違う拒絶。

「…持つ、貸せ」

「んん?」

記憶が正しければ初めて彼が私に発した言葉はそれだったように思う。単語を繋いだだけの、文章とも呼べない。
意味が掴めず唖然とする私の手から重いプリントを奪って歩き出した彼。
今となっては彼なりの最大限の優しさだったのだろうと思えるが、何せ初対面。恐怖心はきっちりと私の心に埋め込まれたのだった。



「悪い奴じゃないんだよ、ただ何て言うのかなぁ…不器用なんだろうなぁ」

独り言のような大和くんの言葉に嘘はないように思えた。
だけど大和くんの本性は腹黒いとか言われているようだし。不安だった。
そうなんですかー、と適当な相槌を打って視線を前に向ける。
大和くんと入れ替わりに休憩に入ったのか、ドリンクを片手にこちらに向かう本庄鷹。思わず眉間に皺。
そして何故このタイミング…。

「…休憩にする」

「じゃあ俺は試合だな」

行ってくるよ。爽やかな笑顔を連れて頼みの綱である大和くんが去ってしまった。心細い。
途中こちらを振り返ってごめんねと唇を動かすが、だからといって大丈夫じゃないことには変わりない。
確かに厚意はありがたいのだが。


「隣に座る」

「え、はい…どうぞ」

いちいち報告することもないと思うのだけど。箇条書きな言い方を聞きながら思った。
首筋を汗が流れていくのを見た。柄ではない。
お父様は汗が似合うオジサマなのにね。危うく口が滑りかけたがセーフ。危ない。
大人しく隣に座る彼の肩にタオルを掛けてやれば視線は試合中のグラウンドから何故かこちらに向けられた。

「…」

「…」

戻さない気か。
遠くで大和くんの軽快な走音が聞こえた。微かだが調子が良いらしかった。


「あの…本庄鷹、くん」

「鷹で良い」

「鷹…くん」

「鷹で良い」

「…」

「…」

長い沈黙の後、試合ですよーという花梨ちゃんの声に彼は何も言わずグラウンドへ駆け出した。
今のは呼び捨てにして欲しいとか、そういう。
でも彼に限ってそんな馴れ馴れしさを要求するなど。まさか。


「…喰えない奴」

気付けば首に掛け返されていたタオル。
いつの間に返されたんだろう。


(080806)
コミックス登場記念。たか夢。
これは甘い、のかな?


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