sleep.05
□泣き虫トマト
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「…そろそろ出てきたらどうだ」
「いやだ絶対に出ないんだから!放っておいて!」
癇癪を起こすと一定の部屋に立て籠るのはもはや習慣だ。しばらくの間は天地がひっくり返るようなことがない限り出ては来るまい。
こうなっては頼れるのはキュウゾウくんだけなのだ。と、帰宅途中だった俺をこの家に引きずり込んだ彼女の母親さえ今回ばかりはどうしたものかと首をすくめている。
目が合う。嫌な予感がする、逸らす。
何もそんなに訴えるような視線を送らなくても良いではないか。解っている。俺がやる。
しかし5時間。異様なまでの長さは前例の最長時間を二倍しても足りないほどなので不安がないと言えば嘘になる。
果たして自分に彼女を説得出来るのだろうか。
しかしそれだって毎回思うことなのだ。腹が減れば出てくるだろうし、まぁ成るように成るだろう。楽観的思考。
「そろそろ夕飯の時間になるぞ」
「だから、なに?」
「…あまり強情すぎると出にくくなる」
「余計なお世話!」
強情なのはいつものことなんで仕方ないんです御愁傷様!
それは少し日本語がおかしくないか。訂正を試みようと部屋へ足を踏み出すも開いたドアの隙間から箱ティッシュやらクッションやらが引きりなしにこちらへ向かって飛んでくるのであながち間違いとは言えない。御愁傷様、確かに。
しかし次第にスタンドやケータイまで度の過ぎるものが飛んでくる始末にこのままではテレビも投げられ兼ねないな、と溜め息を吐きドアノブに手を掛ける。
一呼吸。そしてほどなく強行突破。
「は…、入ってくるなって言ったじゃん!」
「出てこないとしか聞いていない」
ずかずかと部屋の真ん中まで行けば今にも投げつけようと掲げられた右手。宥めるように下ろしていくとゴトンとトロフィーが転がるような鈍い音が…、
危なかった。というか投げられれば見境はないのか。
「大事なものではなかったのか」
「よく言うよ、キュウゾウだって剣道で貰ったの放置してるくせに」
「…」
「しかもたくさんっ」
火に油。また泣き喚いてしまった。
再び投げられるクッションは避けるにも場所がないので仕方なく手で払い落とす他ない。
八つ当たりとは違うのか。しかしそれを言うにも火に油。
「もうやだキュウゾウなんか知らない」
「…何処へ行く」
「ご飯食べに行くの!こんなに泣いたらお腹空くでしょ普通は!」
「……」
「なによその目は」
「別に、何も…」
ご飯だよー。呼び声を合図に背を向けた彼女。
何かを思い出したように振り向いたのでこちらも息をを潜める。
「付いて来ないで」
「……、」
めいいっぱいに伸ばされた舌は頭痛しか呼ばないようである。
これは、俺にどうしろと。
「キュウゾウくんも食べて行くでしょ、夜ご飯」
「…頂戴、する」
目の前で食を進める彼女は茶まで飲みきる最後の瞬間まで俺の存在を咎めることも涙を拭うこともしなかった。
しかし三杯飯。自棄食いは身体に悪いのだが。
(080901)