sleep.05

□350円
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「ちょいとそこのお兄さん」

真っ正面の席で、黒板に電光石火の如く流れ走る白い文字と格闘をする彼。
その背中をつつくこと数回。
暫く無視を続けていた後ろ姿がようやくこちらを向いて。何かご用ですかお姉さん、と彼にしてはノリの良い返事を返す。
なので面食らったのは私の方だ。それが少しだけ悔しく思う。

「何、今日はノリが良いじゃん」

「あーたぶん昨日の試合勝ったから…かも」

「それはそれは、おめでとうございますー」

「ん、サンキュ…ってそうじゃなくて、なに俺に何か用?」

本題に戻るけど、と彼の眉間は少し寄っていく。
きっとこれは、くだらないことだったら只じゃおかないからな、という意味に違いない。
そして万が一くだらなかった場合。女の子に手を上げるのは邪だと考える彼のことだから、恐らく私はアメフト部の部室掃除を命じられるのだろうとまで想定がされる。
あの男の汗やら何やらで臭い部室を掃除するくらいならいっそ殴られた方が楽だとも思う。が、しかし罰を決めるのは彼なのだ。
くわばら、くわばら。


「では、ご用件をどうぞ」

すっと片手をこちらへ向ける彼。
そんな留守番電話みたいなノリで…!と言ってやりたいところだが、彼の目から発せられるはずっしりとした威圧感。
辛うじて口端は上がってはいるものの、これはちっとも笑ってなんかいない。

何ですか、私はくだらない内容じゃ君と話しちゃいけないんですか。
ぶーっと不貞腐れてやると今は授業中だからそう言ってるだけだろう、とやんわりとフォローを入れられた。
彼は大人である。


「…せなか」

「背中?」

あんまり自分を安売りしないで下さい。
本当にくだらないことで申し訳ないですけど、と彼の背中に張り付いていたそれを剥がす。渡す。
粘着力を失った値札シールが彼の手でくしゃりと丸まる。

「350円だって」

「大セールかよ、俺」

「むしろ最終処分的なセールだったりして」

「今が一番盛りなのにか?」

「…、?」

それは一体何の盛りの話ですか。
問いてみる前に顔を真っ赤にされたので、やはりそういう方向に考えていたらしい。標準的な男子高校生。やはり盛り。


「あ、のさ」

「ん?」

「350円出すから筧を買わせて下さいって言ったら…どうする?」

「なにお前、買いたいの」

「うん…何かキュンときた」

だけどそれにときめいた私もまた盛りなのだ。


(080930)
税金をかけても良いなら考えてやると彼が言うのでお買い上げ。


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