sleep.05
□亡命イカロス
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「殺してぇんだけど」
「…はい?」
「お前」
「!」
それは聞き漏らせない呟きだった。あまりにも。
命の危険を察知した私は、勢いよく後方の椅子でうたた寝をしている武蔵さんに飛び付く。
ちょっと今の聞きましたか!
しかし彼は今頃になってやっと目を覚ました様子で。こちらを見ながら頭上に疑問符を浮かべている。
いつもはあんなにも頼れるのだが今は情けないほど頼りない、なんて。んな馬鹿な。
「ん、何だ……朝か?」
「ねねね寝ぼけてないで下さいよ武蔵さん、私の命が終わりそうなんです助け下さいヘルプ!」
「…あー」
寝起きの状態ではマシンガンの如く乱射される言葉を理解するのに時間がかかるらしく。まぬけな顔。
暫くぼーっと私を見ながら固まるのは、つまりそういうことだ。
ヤバイ、このままじゃ殺人事件勃発。私はもれなく被害者じゃあないか。
ブルリと身震いをするとやっと頭の醒めたらしい彼がポスンと私の上に大きな手を置いた。
大丈夫だろう、心配ない。
何の根拠があるんですか…それ。
「ちょっ、武蔵さん、まだ頭寝てます?聞いてました?」
「解ってる」
「だったら大丈夫とかそんな…」
「見てれば解る」
だから何がですか。
見てても解らないから困ってるんですけど。言えば俺には解る大丈夫だとまぁ自信に満ちた返事を返された。
視線の先には蛭魔さん。長年の付き合いがなければ理解し得ないのだとすれば。武蔵さん、私は貴方に嫉妬します。
「要するにな」
「…はい」
「愛だ」
「は、」
これ程までに愛を語ることが似合わない人間も珍しい。
というか私は今とてつもなく面白いものを見たのではないだろうか。ぼんやりとしていると余計なことを考えるなとばかりに額に衝撃を頂く。
そんなに私の頭の中は透けて見えますか。そうですか。
さすがに手加減はしているものの不意打ちでデコピンは痛む。よって涙目。
「独占欲が強すぎるんだよなぁ」
「え、と…」
「自覚はあるか?蛭魔」
「うっせ」
糞ジジイ余計なことは言うなってあれほど…
言いかけたまま私の手を取って、相変わらず困笑を貼り付けた武蔵さんから遠ざかる身体。ふたつ。
それはそれはもの凄い速さで。部室どころか学校の敷地すらいつの間にか抜けてしまった。
「ひひ、蛭魔さん!」
「何だ」
「手、が…!」
「それが何だ」
突っぱねるような口調。
だけど触れた手は熱いのは気の所為なんかじゃあ、ない。はずだ。
「……だから、殺したくなるって言ってんだ」
「へ?」
冷静な彼らしくない発言に丸くなる目。
先程からの歩く歩幅もどう考えても普段の倍のペースなようであるし。
「怒ってるん、ですか?」
「……さぁな」
「私が武蔵さんと仲良くしてたから、」
「馬鹿かテメェ…」
向けられたままの後ろ姿がようやくここでこちらを向く。
当たり。嫉妬だ、気付け馬鹿。ベシっと頭を叩かれた。
これはきっと照れ隠しだから何も言わないで、あげよう。そう思う私は随分と寛大に違いない。
「早く来い、置いてくぞ」
私を染める要因にふさわしい彼の耳。
まるで体内を駆け巡る、血の色。
(081004)
殺したいくらいに愛しい君へ。