先日まで好きで好きで仕方のなかった人が今では憎くて堪らない。
聞く人によってはそんな別れ方をした彼女自身だって悪いのかもしれない。が、自分が悪いだなんて微塵も思ってはやらない。彼女はきっとそう決めたのだ。
認めるということは相手に屈すること。
そんなの解っている。ただ悔しすぎて発狂しかねないだけ。
目の前でフェンスに蹴りを入れ続ける彼女の心境を簡潔に述べるのならばそんな所だろう。
ガシャン!
激しい音と共にフェンスは今にでも破れてしまいそうだ。
「泣かないんだな」
「誰が!」
慰めるわけでもなく彼女を見ているだけの自分はやけに穏やかな表情を見せているに違いない。
あの男と彼女が付き合い始めた時からずっとこの時を待ちわびて来たのだ。不謹慎ではある、解っている。
しかし2年。それは耐え難い年月だったようにも思う。耐えた自分を褒めてやりたい程に。
浮気は男の仕事である。とか何とか、そんな名言(今となっては失言)を吐いた奴なんか豆腐の角に頭を打ち付けて死ねば良い。
呟いて彼女はそのまま突っ伏した状態から動かないので今度こそ本気で泣いてしまったものだと思った。
だけど、どうでも良いことだ。全て。失うものなんてもう何もないのだから。
愚痴のようなそれすら確かに震えて聞こえた。
小刻みに揺れる肩。抱いてしまおうと動きかける身体。
必死に制した。
「ちなみに、豆腐の角に頭を打っても死なないからな」
「それくらい知ってますぅー」
「あんまり自棄になるなよ」
「なってない!」
だけどもここで肩を引き寄せるような真似をしてしまえばもう二度と彼女と自分の関係は修復が利かないような。そんな気が、
「早く新しい男見つけろよ」
「俺にしとけ…とか言わないんだ」
「言っても俺のものにならないだろ、お前」
無邪気に笑った顔。ちろりと出された舌。
どうやら泣いてしまいたいのは俺の方だったようだ。
(081021)
早く沈めてくれ。