sleep.05
□アズーリ!
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じゅうくんー!
背後からは何やら聞き慣れた声。
呼ぶのは自身の名前であるので足を止める。
無視をする理由も気もないので振り向いてやれば、どういう訳か彼女は泥まみれで突っ立っていた。
満面な笑みと振られ続ける手。まさに場違い。
「…何したらこんなに汚れるんだよ」
「いやぁ田んぼに落っこちちゃってさー」
「相変わらず危なっかしいなぁ、お前は…」
「あはは、まったく参っちゃうよねぇ」
今さっき危地を脱したばかりだというのにケラケラと笑う彼女。能天気。
なので参ってしまうのはいつだってこちらの方だ。毎回心配で死にそうになる身にもなって貰いたい。
「あーそうだ、自転車くんを救出してあげなくちゃ」
「はぁ!?お前、自転車で田んぼに落ちたのかよ!」
「うん、そうだけど?」
「そうだけど?じゃねーよ!あっぶねぇなマジで!!」
「ごめんなさーい、すいませーん、だからじゅう君も手伝ってー」
「お前…っ!」
それでも、ハマってしまったらしい自転車の引き上げを頼まれて断れない自分にだって問題はあるものだ。
惚れた弱味とでもいうのだろうか。あるいは母性(この場合は父性)本能、とでもいえば良いのか。
どちらにしろ目が離せないほどの寵愛ぶり。
「あーあ、見事にハマらせやがって」
「すんまっせーん」
「俺が来なかったらどうするつもりだったんだよ」
「えぇー…放置して帰ろうかと」
「ったく…」
聞いたか自転車、俺が来てやったおかげで助かってるんだありがたく思え。
ズルリと引き上げられたそれは案の定、大量の泥を付けて地上へ再出した。
本来の青色が辛うじて解るほどではあるものの、チェーンの隙間まできっちりと埋まってしまっているのですぐに使えはしないだろう。
何しろペダルが動かないのだ。前にも後ろにも。
「しゃーねぇ、帰るぞ」
「え!でも自転車…が、」
「心配すんな、俺が担いでってやっから」
「わぁお…っ!」
ありがとう!大好き!
抱き付かれて自転車と彼女もろとも再び田んぼへ。
(081103)