褪せてしまいそうな思い出に手を伸ばす。
触れた途端にそれ等は音もなく、たちまち弾けて消えてしまう。目の前から。
残るのは絶望だ。少しの希望もない。
声に出して愚痴ったところで聞いてくれる相手もまた此処にはいないのだと、今更ながら気付く。
泣いてみても頭を撫でるのは決して彼の手ではない。
もう二度と。
温かくて優しくて。しかし体温のない、あの。
「風の噂なのだがな」
彼ではない男の声がする。
一拍置いてあいつが生きているらしいと口を利く。
奥さんもいるのだという付け足しがなければ有り難い情報だったのに。
「風の噂…?」
「あぁ」
「それって信用なくない?」
「そう言うなよ」
それで、どうする?
これは会いに行くか、という意味なのだろうか。
しかしながら優しく向けられた微笑みは半身に衣をまとってはいないのだ。首を横に振る私も同じく。
「おいで」
「…うん」
(081103)
知らず知らずの内に、戻れない所まで来てしまっていたようだ。