sleep.06

□余命5秒の恋人たちを囁く
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そっと触れた指先が、ヒヤリなんていう生易さが欠片もないほど冷たかったのを鮮明に覚えている。
元々色白なくせに、これじゃあ陶器のようだ。
血の気がない。

「早く捨てちまえよォ、そんなもん」

血液がすっかり抜けきったそれを一瞥して彼が背を向けた。
……血、血が出てますよ阿伏兎さん。それに片腕もない。
代わりというのか何なのか、目の前に転がるのは確かについ先程まで彼の血を通わせていたはずの。何度私の頭を撫でてくれたか知れない手だった。
実感のない私はまた、そうっとその手を拾い上げては冷たさに胸を痛めるのだ。
あぁ、彼はこんなに温かなのに。絶望的矛盾。


「動けー動けー」

「いやいや…本当に動いたら怖ェだろーが」

チキンハートのくせに何考えてんだ、このすっとこどっこーい!
ペシッと残った方の手によって額に一撃を喰らう。けど、痛くない。
……あれ?痛くない?おかしいなぁ一体どうしちゃったの、阿伏兎。


「あぶ、と…?」

ビチャビチャ。不穏な音が耳に入る。
一面を赤く染めた床に驚くよりも、彼の表情が脳裏に焼き付いて離れない。
眉間に皺、歪んだ苦笑、揺れて流れ落ちる濁った金色の髪。
そもそも、いつもと違う手加減付きのツッコミだなんておかしな話だったのだ。
無意識ながらも手加減されないことに彼なりの親しさを見いだしていたことも。
そんなのただ有頂天になっていただけだというのに。おかしな話だ。

人間というものは正しく、傲慢で利己主義でまるで化けもののように嘆かわしい。(だけど、その醜さと儚さが何よりも美しいと言ったのは、彼自身だった。)


「いつもの力がないのは、疲れてるから…だよね?」

「、今回ばかりは何とも…」

どんな時も変わらないあの優しさが当たり前だと思っていた。
彼は夜兎なのに。そうであることを願ってしまっていた。



「突っ立ってないで、さっさと逃げろ」

「で、もさ…」

相手は考えずとも、もっとずっと解りきっているものだ。
私は師団の敵で、彼は師団で、彼の恐ろしい年下の上司も師団で。
つまり、どうにも逃げられそうにない相手だということ。なるほど彼に関わったがあまりに運が悪い。

「阿伏兎を置いて行けなんて…無理、言わないでよ」

「阿呆、後先短いオジサンなんか置いて行っちまえっての」

「だって相手、団長さんじゃない」

「そーだよ。だから危ないって言ってんのに何で聞いてくれないかなぁ。お前さんは」

「…死んじゃうの?」

「そうかもなァ」

「ばーか」

「だから早く行ってくれって。いい子だから」

いい子だと思うなら此処に残ることを許して欲しかった。
彼のいない世界に放り出されるよりは死んだ方がマシだと思う。だから若さを理由にした未来の案じなど不要でしかない。
それよりも此処で彼と死ぬ理由が欲しいだけ。

もう何だか考えるのも面倒だなぁと思えば、
くすり、不覚にも笑みが零れた。

この際だ。狂愛でも構わないではないか。


「どうせ死ぬなら、ね」

「……あーもう好きにしやがれ、すっとこどっこーい」





余命5秒の恋人たちを囁く
(090415)


だけど、これでアンタがまだ生き永らえると知っていたら、私は。
(せめて左腕だけでも連れて逝くのは許されるでしょう?)


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