sleep.06

□一度は世界に別れを告げた事くらいあるだろう
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さようならなんて寂しい言葉はこの世から消えて失くなくなってしまえば良い。
小さく、しかし聞き取れる程度に呟く。
そしたら初めましても失くなるだろう、なんて。冷静なツッコミと共に考えを正してくれる彼はもういない。こんな世界に魅力なんて何一つない。
だから、いらない。
しかしそれを言うにも彼と過ごした日々が、彼の生きた痕跡が。辺りを見回せば其処ら中に散らばってきらきらとした思い出を私の心に映すのだ。
鮮明さだって此処にだけは嘘はない。





私にはきっとこの世界は捨てきれないのだろうと予感はしていた。彼の形見なんて捨てられないから。ただ、言わなかっただけで。
呪ってしまうほど愛しいものがあるのだとすれば、私にとってのそれは世界。彼のいない世界、そのものだ。
そして白黒の遺影に手を合わせることは認めてしまうということ。
そんなの堪えられない私は彼が空に舞ったあの日から一度だって目の前に鎮座したりなんかしない。
だけど今日は決めたのだ、彼のいない世界を生きることを。
裏切るのだ、私のいない世界を壊すと言った彼を。
ごめんね、私は同じようには出来なかったよ。
心の中ですら許してくれそうにない彼に今更どんな赦しを得ようか。
強かった彼はもしかしたら誰よりも弱かったのかもしれない。
愛情に飢えて餓えて死にかけていたのかもしれない。
かもしれない、のではないのだって解ってはいた。
見て見ぬ振りで彼を一番傷付けたのは私だ。しかしそうして痛め続けたのも私自身だ。
何とも悲しい程に終わりがない。






一度は世界に別れを告げた事くらいあるだろう。


だけど今となっては知るにも遅いし。



(笹塚さん)


手を合わせて、さようならを。


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