桜蘭
□音楽室から流れ出す
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キーンコーンカーンコーン…
名残惜しむかの様に、いつまでも鳴り響く鐘の音。
「あっ…ごめん馨、図書室に忘れ物しちゃった!先に音楽室行ってて!」
「うん、わかった。先行ってるね」
タタタタタ…
駆け出した光の姿も見えなくなり、僕も音楽室へ歩き出した。
南校舎に着き、携帯で時間を見ると部活開始の時刻はまだまだ先。
「光に着いて行けばよかったかな…」
そう呟きながら歩いて行くと、ピアノの旋律が遠くから聞こえてきた。
「音楽室…?」
近づくに連れ、その綺麗な旋律は音量を増していく。
少し重たい扉をギィ…と開けると、やはり、さっきまで少しぼんやりとしていた旋律がよりはっきりと聞こえる様になった。
誰が弾いてるんだろ…
少しばかり気になり、ピアノがある奥の部屋へと歩みを進める。
「ぁ…」
ピアノを弾く動きに合わせて、金色の髪も微かに揺れ動く。
―――綺麗…‥
僕はしばらく、それに魅入っていて。
その時、僕の時間が止まった気がした。
「ん…?あぁ、馨か。早く来るなんて珍しい事もあるもんだな」
「え?あ…うん」
止まっていた僕の時間を動かしたのは、殿。
いつの間にか演奏が終わっていたらしく、殿はこちらを向いて話しかけてきた。
殿はいつでも眩しい様な笑顔を向けてくる。
今だってそうだ。
いつもと変わらない、どことなく安心する笑顔。
「それに1人とは…。またケンカごっこでもしているのか?このドッペルゲンガーズめ」
迷惑そうに、でも何処か楽しそうに笑みを浮かべて殿が言った。
「アレはもう飽きたから当分やんないよ。多分だけどネ」
僕も悪戯めいた笑みを浮かべて返す。
すると、殿は大袈裟にため息をつく。
「出来れば、二度とやらないで欲しいんだがな…ι」
そう言うと、殿はまたピアノに体を向けた。
殿はピアノに触れず、じっと鍵盤を眺めている。
その瞳はとても優しくて。
全てを吸い込んでしまうかの様な透き通った瞳。
そんな殿にまたもや魅入ってしまいそうになった時、殿がいきなり話しを振ってきた。
「馨、ピアノを弾いた事があるか?」
「へ?あ、いや、ない…けど?」
僕の気の抜けた返事を聞くと、殿は待ってました!とばかりの笑顔を見せた。
「よぅしっ、ならば良い機会だ!お父さんが教えてやろうっ!!」
「え!?いっ、良いよ別に!!」
「何を言う!お父さんと息子の貴重なスキンシップではないか!良いから座れっ」
「わぁっ!」
肩を掴まれ、半ば強制的に椅子に座らせられる。
しぶしぶピアノに向かうと、殿は僕の手を優しく掴み鍵盤の上に乗せた。
「ぁ…」
「いいか?手はこのように…‥馨?聞いているのか?」
「き、聞いてるよ!」
「なら良いが…。で、こうして…」
不思議そうに首を軽く傾げた後、再び殿はピアノに向かう。
「違う違う。こう弾くんだ」
「わっ…」
殿は後ろから抱きつく様な格好で鍵盤に手を伸ばしてくる。
僕…顔、赤くなってないかな…
心配になりながらも、僕はちょっとだけ嬉しかったりして。
僕は小さく、ふふっと笑った。
「何がそんなにおかしいんだ?」
「ううん、何でもないっ!…で、なんだっけ?」
「聞いてなかったのかっ!?」
「だって殿の話だしー」
あははと笑いながら話を再開しようとした時、ギィィ…と重い音楽室の扉が開く音がした。