小説

□夏の夜の悪夢
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こんなはずじゃなかったハズだ。

檻の様に顔を包み込み流れ落ちる黒髪に、俺はヒッとか細い悲鳴を溢す。

薄く開いた横目に映るのは、障子を透かしてほの明るい自室。布団から見慣れた天井を見上げているのに、何故こんなにも違う光景に思えるのか。何かきっと哲学的な理由かあるに違いない。

無理矢理意識を散らす。

正面を見る勇気はない。

「何ビビってンだ、テメーは」

折角反らした意識を引き戻すように、血のように紅い唇が淫靡に弧を描く。

「嫌なら逃げりゃイイ」

俺の体にのし掛かる体重は同じくらいだから、やろうと思えば押し退けるぐらい簡単な筈なのに、ぴったりと寄せられた肌の柔らかさに指一本動かせず慄いている。

「安心しろ…優しくしてやる」

その台詞は此方が言うものではないんだろうか。

普段より高く甘い声色に、ゾッと背筋から冷や汗が吹き出した。

思えば、土方が事故って女性に変化した一週間前から、何かが間違っていたのだ。

『男同士でこんな関係、続けられねぇでしょう…アンタだって、何れはどっかの女とくっついて、子供ができる。そしたら籍を入れて近藤さんも安心する。自然の摂理ってモンでさぁ』

久し振りの二人きりの見回り途中。人気ない昼間の繁華街の駐車場で、煙草の自販機に向かう黒い背中に別れ話を切り出したのは、俺の方からだった。

姉のミツバが病死し、三年。
女を抱くことに義理立てする必要も、俺の我が儘に付き合わせるのにも、限界だと思った。

『何いってやがんだ』

掴み損ねた煙草を拾い上げ、億劫に振り向く土方。張り付いたような無表情の中、野良犬の様に剣呑な双眸が輝いている。

鋭すぎる眼差しに怯みそうに成りながら、どうにか笑顔を作って告げる。

『別れやしょう』

自分で吐いた台詞に、心臓がギシリ…と軋んでいた。
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