小説

□運命論
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「運命って信じるか?」

 芳醇なマッカランのショットグラスをランプに掲げて、あまりにも似合わない台詞を吐くものだから反射的に

「酔っているのか」

 と、問い返してしまった。


運命論

 何処となく西部劇を思い出させる古びたバー。
 薄暗い店内を”One night with you”甘く激しい男の歌声が踊る。

 カウンターの向うでは長い黒髪と隻眼のバーテン達が、自らの腕を競い合っている。
 どうやらカウンターの端にいるうらびれたサングラスの男が変わったリクエストをしたらしい。
 この店は、おもだった酒を取り揃えているくせに、拘泥なく客のオーダーにあったカクテルを作ってくれる。
 銀時の好むパフェのように甘ったるいカクテルを作ってくれるのも此処だけだ。
 土方の奇怪なマヨ入りつまみも嫌な顔せず出してくれるので、二人で飲むときは自然とこの店に来る。

 他愛のない二三の応答で、銀時は土方の変化に気づいた。
 いいことでもあったの?と酒盃を傾けてみたところ。

「運命って信じるか?」

 静かで透明、それでいてその奥に激しい熱を篭めた眼差しが印象的だった。

「酔っているのか」

 土方がグラス一杯で酔うはずないことも知っていた。二人とも吐くまで飲んだ仲だ。互いの酒量は熟知している。
 けれど、茶化すでもなく半ば本気で尋ねてしまったのは、運命なんて言葉を口にする土方が信じられなかったからだ。
 それは検死医の銀時が“幽霊って信じるか?”と尋ねるのと同じくらい、いやそれ以上におかしいはずだった。
 土方も銀時も理不尽に奪われた命を数え切れないほど見てきた。
 偶然にしろ意図的にしろ、現実は残酷なまでに死を見せ付ける。
 その生を、死を、運命なんて言葉で受け入れるなんて。
 死体としか対面しない銀時以上に、犯人を追う土方は運命など受け入れることはないはずだった。
 けれど、土方は言う。

「酔ってなんかねぇよ。
 ただ、あいつと出逢って、運命ってのが本当にあるんじゃねぇかって」

 まるで熱に浮かれるような。

「何、女でも出来たのか。
 ストイックで有名な刑事課の花形、多串君に」

「馬鹿。そうじゃない」

 けれど否定する横顔は赤く。
 こっちまでティーンズに戻った気分にさせられる。

「なぁなぁ、そいつ、どんな奴?
 美人?名前は?近くに住んでんの?」

 程よく廻ったアルコールに任せて矢継ぎ早に問う。
 この堅物を落とした強者に俄然興味が湧いた。
 しかし。

「何も知らねぇ」

「ハァ?」

「名も顔も居場所も性格も。
 何一つ分からねぇ」

「なっ、え・・っ?
 どーゆー事?!」

 土方はグラスを一気に呷って語りだす。

 たった一夜の嵐を。




「なぁ・・・でも、それでどうして運命だって分かるんだ?」

 そんなのただの行きずりと同じじゃね?
 俺が呆れたように医っても土方の確信は揺らがない。

「分かる。あいつに会うためだけに、今まで生きてきたとさえ感じたんだ」

「ハァ〜重症だなこりゃ」

「おかしいか?」

「おかしいったら笑えるほどおかしいな。
 まあ、アレだ、“恋の病”ってヤツ」

「恋か・・・。そうかもな」

「認めちまうの。
 でも、名前も顔も住所も分からない相手に惚れてどうすんの。
 探したって相手の顔も分からないんじゃ、会ったって分からないし。
 もしかしたら一生会えないかも知れないぜ?」

「会えるさ」

 きちんとした根拠も当てもないくせに、土方はきっぱりとそういったのだ。

「必ず会える。
 あいつが俺の運命だ」

 “Now I’ve no life without you”

 ああ、運命ね。
 確かに、そんなものがあるとしたら、土方とその相手のことかも知れない。
 けれど、運命ってのは結構皮肉がすきなんだぜ?




「痛っ!!」

「ハイハイ。此処は病院じゃないからね。麻酔なんて上等なモンはねーから。
 最初からそういってるだろ」

ブスブスブス。

「ツウッ!!」

「ホイ終了。
 武士の情けだ。化膿止めだけは出しといてやる。
 一ヵ月後に抜糸だから、それまで激しい運動は避けろよ」

「〜〜〜テメー。
 本気で手加減しなかったな」

「手ェ抜いたらオメーは死んでるって。腎臓は避けてたが、刃は小腸に達していて、傷口から腹圧で飛び出してたし。出血も、まぁそこそこあったしな」

 血の気が多い分、土方には丁度良かったかもしれないが。

「でも、ココまで容赦なくブスブス刺さなくてもいいだろッ!!
 麻酔なしの患者相手に!!」

 涙目の土方はなかなか物珍しかったが、こちらも危ない橋を渡らされたのだ。

「此処は病院じゃないの。死体専門のモルグなの。
 優しい看護婦さんに手当てをされたいんなら、警察病院いって来い!
 労災利くんだし」

「それができねぇから、テメーみたいな薮医者に頼ってんだろ」

「ったく。
 被害者庇って刺され、今度は犯人庇って病院行かずだァ?
 テメーは子供向けのヒーロー気取りかコノヤロー。毎週受けた傷口がそっくり消えるミラクル信じてねーだろーなオイ」

「俺が正義の味方になれねぇってこと、オメーはよく知ってるだろ」

「へーへー分かってるって。
“運命の相手”ね・・・」

 俺が諦めたように両手を挙げると、土方はこの上ないくらい嬉しそうな顔で笑った。
 その相手に刺されたくせに。
 ホント、マゾだぜ。

「やっと見つけたんだ。
 もう絶対、この手を離さねぇ」




 その“運命の相手”とやらは、14歳の少年で、しかも姉の敵を二人も殺した危険人物だったわけですが。

「トシはなぁ。毎週あの子に会いにいってる」

 土方の相棒からその後の進展を聞いた。
 以外にもそのゴリラ、いや近藤は、土方とその少年との事を受け入れているらしい。

「あの子はとってもいい子でなぁ!
“近藤さんって、お父さんみてぇでさァ”とか言ってくれてなあ!
 姉貴のことがなけりゃ、人を殺すなんて思いも付かなかっただろうよ」

 けれど、その少年が罪を起こさなければ土方と近藤が少年に出会うこともなかっただろう。
 土方が他県の犯罪の応援に向かうことも。
 追い詰められた沖田と嵐の夜出会うことも。
 そして再びめぐり合うことも。

「なぁ、その子、名前なんて言ったっけ?」

 何の気なしに発した問いは、後から答えが返ってきた。

「沖田総悟でさぁ」

 振り返ると、見慣れた男と、小柄な少年が寄り添うように立っていた。

 ああ、その子が・・・・・

「テメーの、運命か」

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