小説

□凍てゆるむ月
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 暗い路地にとうとう獲物を追い詰めた。袋小路に填まったことに気が付いたソレは恐怖に塗り潰された表情でコチラを振り替える。

 暴力とは無縁の善良そうな顔だ。もし昼間に茶屋か何かで出会っていたら、挨拶ぐらい交わしたかもしれない。
 そんな想像をソレに重ねて、自分の甘さと供に刀で切り捨てた。
 悲鳴さえ上げられずソレは地面に倒れ臥す。腹腔から沸き上がる苦いモノを無理矢理押さえ込みながら帰路に着いた。

 今回お上から命じられたのぱ暗殺。真選組についている奴らとは別の攘夷擁護派の幕府の役人が対象だった。

『刀を持たせてあげたのだから、コレくらい役に立つだろう?』

 欲と金に塗れ、腐れ切った幕吏の顔が浮かぶ。
 近藤さんに命令が下されなくて本当に良かった。
 あの真直ぐな人は、罪もない人間を斬ることは出来ないし、絶対にさせない。
 だから、俺が引き受けた。
 真選組がきちんと機能し始め、圧力に屈する事無く己等の信念を貫けるようになるまでは、この手がいくら汚れても構わない。
 甘さや情を捨て、鬼になる。
 覚悟は既に決まっていた。

 夜道を血に塗れたまま歩いていく。灯りもないのにほの明るいのを不思議に思って空を見上げれば、細く鋭い三日月が俺の所業を嘲笑っていた。
 不意にあの生意気な子供の顔が脳裏を過る。ああ、とんだ修羅に連れ込んでしまったものだ。まだ14才にもならないのに、数えきれないほど斬らせてしまった。
 己の信念からでも罪人だからでもなく、幕府の犬として人を斬る俺を、鬼になると決めながら未だ罪悪感を抱く俺を、アイツはこの月のように暴いて冷たく笑うだろう。





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