小説

□言の葉、ひらり(春)
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 彼の姿を探して奔ったのは、その桜があまりにも美しく、さらわれてしまったんじゃないかと不安になったからかもしれない。

「ひじかたコノヤロー、何処行きやがった」

 花見の宴も佳境に入り、酔い潰れた近藤さんの下から這い出たおれは、いけすかない黒い奴がいないことに気が付く。
 つい先週道場に入ったばかりの新入りはおれのことを瞳孔開いた眼で見下しやがった。

『沖田センパイ』

 揶揄するような低い声もふてぶてしい態度も自分より背が高く力が強いのも、何もかもが気に食わない。
しかも

『トシ』

 おれより後に入ったくせに何時の間にかごく自然に近藤さんの信頼を得て、隣に立つようになっていた。
 そこはおれの場所なのに。
 出会った瞬間に、コイツはおれが殺るべき人間だと気が付いた。
 だから攻撃しているのに、近藤さんもあのヤローも子供の悪戯だと思って取り合わない。
 悔しかった。
 憎かった。
 悲しかった。
 もうどうしていいのか分からなくて、姉上の居る家でふて寝をしていたら、何の嫌がらせか家まで迎えにきゃがった。

『十四郎さん』

 おまけに姉上の心まで奪っていった。
 世界でおれの居場所なんて無くなってしまった。
 おれなんてもういらないんだろィ?
 それなのに全てを奪った男が逃げることも許さないのだ。

「どーしろっていうんでぃ」

 その男が今はいない。
 居たらいたで殺したくなるのだが、視界にいないと気に掛かる。

「まさか、おれのいない所でとんだあくじを企んでいるんじゃ」

 不安になって、桜の下の死屍累々を踏みつけながら、奔りだす。

「ひーじーかーたー!」 




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