小説

□恋憐連呼
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「うがあぁぁぁっ・・・」

 大広間からは怪しい呻き声が漏れていた。
 いやな予感がしつつ、指先で空けた障子の穴から、そっと中を覗く。

「ふっ、副長!俺は、俺はもうっ!!!」

「こんぐらいでへばんな!この書類の山が見えねぇのか!?」

「副長っ!この漢字が読めませんっ!」

「“すいとう”だ馬鹿!山田、アレはどうなった!」

「スイマセン、お茶こぼしました!」

「切腹しろっ!今何時だ!?」

「締切まであと5時間です!」

「申請書が十枚、請求書が二十枚、始末書が三十枚・・・うわああああっ!!!」

 ・・・修羅場だ。
 どうやら上に提出する書類を揃えているらしい。
 真選組は基本的に脳みそ筋肉集団なので、書類を締切までに完成させられる奴は、副長以外、滅多に居ない。
 これじゃあ土方と二人きりで話はできないし、なにより手伝わされるのは真っ平御免だ。
 気配を消したまま、そっと障子から離れようとすれば。

「逃げんな総悟っ!お前も入れ、一番隊の締切は明後日だろうが」

 ・・・バレていた。




 結局、夜明けまで机に拘束されてしまった。爽やかな朝日の下、慣れない作業に痛んだ頭がヘビメタ漫才をやっている。
 バズーカで広間を破壊して逃げれば良かった。しかし、おれがひらがなで書いた文をいちいち漢字に直していく土方の優しさが嬉しくてどうしても抜け出せなかった。
その土方は、今は城へ書類を提出しに行っている。


 見回りに行く気力もなく、縁側に腰掛けて足をぶらぶら揺らしていると、近藤さんから声を掛けられた。

 「珍しいな、今日は非番なのか?」

 おれは近藤さんの前では真面目に仕事をしているのだ。土方は絶対信じないだろうが。

「サボりでさぁ。机仕事は頭が痛くていけねぇや」

 素直に白状すれば、近藤さんは豪快に笑い飛ばしてくれる。

「お前も俺も頭はからっきしだからなぁ。トシは大丈夫みたいだが」

 土方の名前が出て、少しおれは不機嫌になる。黙り込んだおれを見て、近藤さんはおれの隣に座る。

「なぁ、総悟・・・トシとなにかあったのか」
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