小説
□透明人間パニック☆
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全身が重い。
何だか表面がベタベタして、周りからは異臭がして、とても不快だ。
「・・・・?」
粘膜を突き破るように無理矢理瞳を開かせる。
あざ笑うような晴天が、ビルの隙間から俺を眺めていた。
自分の寝ているのがコンクリートの上だと気が付いて、反射的に飛び起きる。周りにはKEEP OUTのテープで隔離された空間と、何かが解体されていたような破片が散らばっている。
自分が何でこんなところで気を失っていたかようやく思い出す。
『確か、あの怪物に液体をぶっ掛けられて・・・』
だが、何故自分はこんなところに放置されていたのか。
立ち上がって、取敢えず愛刀を見つけようと足元をみて、唖然とした。
足が、無い。
というか、手も服も胴体も見えない。
『はっ?』
慌てて自分の顔を手で触ってみる。
感触はある。手が顔に触れ、顔に何かねばねばしたものが付く感触もある。
なのに、自分の眼に映らない。
『何の冗談だ?』
試しに腰の辺りを触ってみれば、ベルトの金属に爪が当たった感触があった。
取敢えず、自分が裸ではないと知って安心する。
『あの液体の所為か・・・?』
思い当たることはそれしかない。
自分の眼に自分が映らなくなっただけかもしれないが、倒れていた自分を仲間が回収していないとなると、どうやらあの液体は掛かったものを透明にしてしまうらしい。
そっと、地面をまさぐってみる。
何も無いはずのところで、指先が冷たい金属に触れた。慎重に辿って柄の部分を掴む。
手にしっくり馴染んだ重さ。間違いない、村正だ。
『厄介なことになっちまったな』
黄色いテープを潜り抜け、通りに出てみる。
少し外には人が大勢行きかっているが、誰も俺を気に止めない。それどころか、避けないとぶつかる。
ガラスのショーウィンドウにはやはり俺の姿は映らない。
しばしボーっとしていると、正面から歩いてきた男にぶつかった。
『おっと、悪い』
肩が当たった男は訝しげに視線を彷徨わせて去っていく。
どうやら、声さえ届いてないようだ。
『参ったな・・・』
屯所に戻ろうと考えていたが、声さえ届かないのなら意思の疎通が難しくなる。
おそらく俺は殉職したことになっているだろうし、透明人間になっただなんて一体誰が信じるだろうか。
『そもそも、俺は本当に生きているのか・・・・・』
誰も俺を見ることができない。
声も聞こえていない。
コレで自分は生きているのか。
本当は、あの時死んでいて、最期に思ったことが未練で、魂だけがこの世に留まっているだけじゃないのか。
『未練か・・・』
未練というほどのものはない。真選組を創設して以来、いつでも死ぬ覚悟はできていた。ただ、何も言わずに何度も身体を重ねてきた総悟に、この別れ方は厭だと思ってしまった。自分の命を顧みずに庇ったのは、あいつが好きだからだと自覚してしまった。
『今更気づいても詮のないことだがな』
総悟はどうしているだろう。
あいつに好意を向けられたことは一度も無かったが、俺の死を少しでも悼んでくれるだろうか。
考え出すと居てもたっても居られなくなって、人の波を避けながら屯所へ走った。