小説
□サロメ
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うろ覚えだが、確かそんな内容の劇だった。
日本人の俺には、何故こんなグロい話をわざわざ劇にするのか理解しがたい。
結局憶えているのは、銀の皿に預言者の首が乗せられて、ああ斬首は何処でもあるんだなーと思った場面だけだ(ちなみに近藤さんは爆睡していた)。
まぁ、舞台女優の顔さえ憶えていなかったから、コイツの顔に摺り代わった妙な悪夢を視たわけだが。
しかし、劇中にあんな台詞が有っただろうか。
女は『ザマァーミロ』的なことしか言っていなかった気がするのだが。
俺が記憶を掘り返していると、熱心に劇のパンフレットを読んでいた総悟が顔を上げた。
総悟の視線が、俺とパンフレットを何度か往復した。と思えば、俺の首に白い手が伸びてくる。
「っうあ?!」
そして両手で強引に首を持ち上げられた。
「ギブッ!ギブッ!!背骨抜けるからッ!!!」
窒息しないために慌てて膝立ちになれば、ちょうど首を支える総悟を、少し上から見下ろす形になる。
今朝の悪夢と同じ体勢だ。
「――“あぁ、土方さん、コレでアンタはおれのモノ”」
夢の中でいわれた台詞と同じ言葉に背筋がザワリとあわ立つ。同時に悦楽とも嫌悪ともつかぬ感情。
けれど、夢の中とは違い紅いな瞳は狂喜も快楽も含んでいない。
「・・・それで俺が手に入れられるとでも?」
自分の感情を抑えた。まるで、サロメを拒んだあの預言者のように、冷えた声で尋ねる。
目の前の硬質な紅い瞳が哀しげに揺らいだ。
「・・・いーえ。アンタは一生おれの手に入らなねェ――例えこの手で殺しても。わかってまさァそんぐらい」
だからこそ恋い焦がれるのだと、何よりも雄弁な瞳が語る。
「・・・でも俺の首を手に入れるために踊るんだろ」
この質問の愚かさに、お前は一体いつ気付く?
「――勿論。この身が果てるまでーって云いやしょーか?」
ならばお前は俺を手に入れるまで、永遠に踊り続けるのか。
観客もいないあの夢の中の舞台で。
―――狂おしいほどの情念を、物云わぬ冷たい唇に重ねるために。
あの夢はきっと二人の願望。
さて、サロメと預言者。
永遠に手に入れたのは、本当はどちらだろう?