小説
□凍てゆるむ月
3ページ/3ページ
「これでも未だ、足りやせんか?」
惚けたまま立ち尽くす俺を見て、総悟は首を傾げる。
「なら、おれを抱きなせぇ。おれァそこらの女より可愛いし、多少手荒く抱いたところで壊れはしやせん」
「なっ、おま、馬鹿か!」
このガキは自分の言っていることの意味を理解してるのだろうか?
月に照らしだされた青白い顔は能面のように感情がなかった。
「ねぇ、ひじかたさん」
驚くほど透明な声が俺の心を切り裂いていく。
「アンタ、女を抱いて満たされたことありやすかィ?」
隠していた闇が暴かれていく。
「虚しくなるんでしょう?好いてもいない女相手に、性欲だけ吐き出して。アンタは自分の激情を押し殺してしまう」
さっと辺りが暗くなる。群雲が三日月を遮ったのだ。
「おれなら、アンタの求めるもの全て与えてやれます。アンタを満たして、辛いのも苦しいのも怒りも悲しみも後悔も全て奪ってやりやすよ」
何の色も含まれていない誘い。
「それでお前は何が欲しい」
「アンタ」
総悟は人差し指で、俺の胸を強く押した。
「カラダも、ココロも、イノチも全部寄越しなせえ。そうしたら、アンタをおれで満たしてやる」
全て奪うと宣言しているのに、その声はひどく優しい。
「おれのモノになりなせぇ」
ゾクリと肌があわ立つ。この闇に包まれているせいか、得体の知れない衝動が体の中を駆け巡り、在らぬことを口走ってしまいそうだった。
「なんで・・・お前、俺のこと嫌いだろ」
月光が差し込んで、闇を駆逐する。
照らしだされたその顔を俺は見てしまった。
切なくなるような柔らかな笑み。
「アンタなんか、殺したいくらい、大っ嫌いでさぁ」
冷たい月の魔法か溶けた。
.