小説

□凍てゆるむ月
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「これでも未だ、足りやせんか?」

 惚けたまま立ち尽くす俺を見て、総悟は首を傾げる。

「なら、おれを抱きなせぇ。おれァそこらの女より可愛いし、多少手荒く抱いたところで壊れはしやせん」

「なっ、おま、馬鹿か!」

 このガキは自分の言っていることの意味を理解してるのだろうか?
 月に照らしだされた青白い顔は能面のように感情がなかった。

「ねぇ、ひじかたさん」
 驚くほど透明な声が俺の心を切り裂いていく。

「アンタ、女を抱いて満たされたことありやすかィ?」

 隠していた闇が暴かれていく。

「虚しくなるんでしょう?好いてもいない女相手に、性欲だけ吐き出して。アンタは自分の激情を押し殺してしまう」

 さっと辺りが暗くなる。群雲が三日月を遮ったのだ。

「おれなら、アンタの求めるもの全て与えてやれます。アンタを満たして、辛いのも苦しいのも怒りも悲しみも後悔も全て奪ってやりやすよ」

 何の色も含まれていない誘い。

「それでお前は何が欲しい」

「アンタ」

 総悟は人差し指で、俺の胸を強く押した。

「カラダも、ココロも、イノチも全部寄越しなせえ。そうしたら、アンタをおれで満たしてやる」

 全て奪うと宣言しているのに、その声はひどく優しい。

「おれのモノになりなせぇ」

 ゾクリと肌があわ立つ。この闇に包まれているせいか、得体の知れない衝動が体の中を駆け巡り、在らぬことを口走ってしまいそうだった。

「なんで・・・お前、俺のこと嫌いだろ」

 月光が差し込んで、闇を駆逐する。
 照らしだされたその顔を俺は見てしまった。
 切なくなるような柔らかな笑み。

「アンタなんか、殺したいくらい、大っ嫌いでさぁ」

 冷たい月の魔法か溶けた。


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