小説

□言の葉、ひらり(春)
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 見つからない。
 段々必死になってくる
 頭の上から振ってくる桜があまりにもきれいで、こわい。
 みんなこの美しい木に食べられて、残っているのはおれ一人な気がしてくる。

「ひっ、ひじかたのばーか!アホったれー!」
 半泣きになりながら、叫ぶと

「コラ、誰が阿呆だ」

 低い声が上の方から聞こえた。
 見れば、桜の木の幹に探していた男が腰掛けている。

「ひじかた・・」

「なんすか沖田センパイ。近藤さんが呼んでこいって?」

「ちっ、違う!近藤さんにはアンタなんかいりやせん!」

 思わず否定すると、見下ろす男の黒瞳が寂しげに揺らいだ。
 そんな弱い姿ははじめてみるようで、こっちが悪い気になってくる。

「近藤さんは酔っ払って倒れていやす。アンタはそこでなにしてるんでィ」

「何って、花見? お前もこっちにこいよ」

「そこまで言うなら、いってあげまさぁ」

「素直じぁねぇガキだ」

 言葉と同時に黒い影がおちてくる。
 大層恐い顔つきとは裏腹に、壊れ物を扱うような優しい手つきで抱き抱えられた。
 それが何だか恥ずかしくて居たたまれなくて 身を堅くした。
 急に無口になったおれを見て、土方は勘違いをする。

「どうした、高いところが怖いのか?」

 意地悪く笑って身軽に登り、自分の脚の間におれを座らせて抱き込む。

「なっ、何するんでィ!?」

 我に返ったおれは、少しでも男から離れようと必死で抵抗する。

「馬鹿、お前まで落ちるぞ」

 低い声に耳元で恫喝されれば、怖くなって、男の腕ににしがみつく他なかった。土方はおれがおとなしくなったのに満足したのか、後ろから片手でおれを抱いたまま酒ビンを取り出して口付ける。
 桜色の空間に世界から隔離された二人。その時は、互いが互いに孤独で一生淋しさを抱えて生きて逝くのだと信じていた。それゆえに、今その手にある暖かなものを手放したくなかったのかも知れない。
 今、もし、あのときのことを言い訳するとしたら、あの桜に酔っていたとしか言い様がない。

「きれいだな・・・。」 「?」

 桜かと思った。
 しかし、何故か後ろ髪をひっぱられる。振り向くと、僅かに目元を赤く染め、やたら男の色気を振りまいた土方がこちらを眺めていた。

「日の光にあたると、飴細工みてぇ」
 長い指がおれのこめかみから髪を掬う。

「食ったら甘そうだ」
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