小説
□恋し人(夏)
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「そ、そうご?」
やばい、なにか大切なことを忘れているらしい。
顔を覗き込もうと屈んだ俺の目の前を凄まじい速さで何かが襲う。
神速という言葉が相応しい“居合い”。
「うをっ!!」
咄嗟にそれを避けた俺の足を引っ掛け、総悟は俺の頭に抜き身の刃を突き立てようとした。
受身をとって転がり身を捻る刹那、刃は顔の真横で畳を突き破る。
逃げ遅れた黒髪が一房、切り落とされるのに心が冷えた。
「いったいなんっぐ!」
身を起こそうとすれば、此れだけの凶行を行っているにもかかわらず、無表情な総悟の右足が俺の胸板を踏みぬく。
一瞬圧迫感で吐き気がする。
何でだろう。
殺されかけるのはいつものことだが、今はいつもと比べ物にならないほど、殺気が篭っている気がする。
理由が分からず困惑する俺を見下して総悟がにやりとドス黒く嗤う。
そしてゆっくりと口を開いた。
ああ、いつもの台詞だ、“死んでくだせぇ、土方さん”。
「ケッコンしてくだせぇ、土方さん」
「誰がお前に殺られるか!!・・・っ?」
怒鳴った後に違和感。
何だろう?何かものすごぉ――――くこの場にそぐわない単語を聞いた気がする。
「はぁ?」
俺は今、間抜けな面をしているに違いない。
総悟はそんな俺を鼻で嗤う。
頬に当たる冷たい刃に、緊張感が弥増す。
追い詰められた俺に、鼻面つき合わせて覗き込んだ紅い眼が宣告する。
「けっこんしろっつってんだ、このヤロー」
ほら、やっぱりおかしい。
視覚と聴覚と触覚と第六感が見事に不一致。
目の前にいるのは総悟だし言ってる内容は変だし重いし刀を押し付けられてマジで死にそうだし眠いしこの状況は異常。
つまりこれは。