小説

□その手の先に(秋)
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「刀を取り上げられたら、俺たちゃ猪侍でさえない。戦えないただの猪だ。
 だから武州を出て、江戸へ行き、幕府へ仕官する。」

 あまりのことに、声が出なかった。
 お馬鹿なおれは、近藤さんと、姉上と、道場の仲間と、気に食わない土方と、この道場で馬鹿やっている日々が、明日も明後日もその次も、ずっと続くと信じていたのだ。
 だが、近藤さんが行くのなら仕方がない。どこまでも付いていく覚悟を決めたのに、またもや裏切られた。

「お前は、ここに残って、この道場を継いでくれ」

「!!なんで!あんたが行くのなら、おれも行きまさぁ!」

「お前は、未だ子供だ。
幕府に仕官した処で、最初は都合のいい人斬り集団ぐらいにしか思われねぇだろう。
 俺はお前を人殺しにしたくはない」

「おれは、斬れます。剣の腕だってあんた以外誰にも負けません」

 必ず守ると、決めていた。おれに温かな手を差し伸べてくれたその日から。父親のように慕っていた。だから、ここまで強くなれた。

「連れていってくだせぇ。おれには、あんたと剣しかねぇ。それ以外、要らねぇ」

 必死で懇願する。この人と離れて独り残る位なら、死んだほうがましだ。

 おれの本気を理解したのか、近藤さんは苦しい唸り声を上げた。

「でもな、総悟。お前にはミツバ殿が居るだろう」

 苦しい処を突かれて下唇を強く噛み締める。
 姉上は身体が弱い。人も気候も空気も全く違う江戸へ連れていけば、環境の変化に耐えられないだろう。 そう考えたとき、幸せそうな笑顔と仏頂面が思い浮かんではっとする。

「あのヤローは・・・土方は行くんですか?」

「ああ。元々トシが持ってきた話だからな」

 なんて野郎だ。姉上がどれだけオマエのことを思っているのか知っているくせに。
 失望と悲嘆が一瞬で怒りに塗り替えられた。

「わかりました」

 奴を殺す―――。
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