小説

□その手の先に(秋)
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「知ったこっちゃねぇんだよ、お前のことなんざ」

 黒い背中が遠くなっていく。地面に崩れ落ちた姉上の涙も思いも拒絶したその背は、とうとう一度も後ろを振り返らなかった。

 近藤さんも姉上の心もおれの居場所も剣すらも奪っていこうとするその背に剣を向ける。
 顔も知らない父上の唯一の形見。姉上を傷つけた男を殺すために使うのなら、浄土にいった両親もきっと許してくれるはず。


 雲に月が隠れた瞬間を狙って路地から飛び出す。

「――ハッ!」

 気合いを吐きながら、喉に狙いを定める。

「っ、誰だっ!!!」

 殺気に気が付いた土方が咄嗟に鞘で弾き、狙いを逸らす。
 逸れた刀が深々と黒い着物の肩に突き立つ。鞘から半ば引き出された刀がおれの顎下に触れた。
 互いの顔を覗き込むような態勢で硬直状態に陥ったとき、月が露になる。

「そうご・・・?」

 呆然とした表情で土方がおれの名前を呼ぶ。
 その顔がひどく無防備で、大きく開かれた黒い瞳におれしか映っていなくて、そんな状況じゃないのに笑ってしまう。

「どうして・・・いや、」
 言いかけて、途中で答えがわかったかのように問うのを止める。

「お前は俺を殺したいのか?」

「愚問でさぁ。アンタはおれの大事なもん全て掻っ攫っていっちまう」

 近藤さんも姉上も皆もおれの居場所も剣すらも。

「アンタを殺さなきゃ、おれは・・・」

 突き立てた刀を握り締めて俯くと、頭をくしゃりと撫でられた。

「そうか・・・」
 
 身体が突き放される。
 同時に刀を握った掌にズルリと刃が抜ける感触が伝わる。

「殺されてやるワケにはいかねぇが、かかってこいよ。相手になってやる」

 土方は抜刀した。剣を構えたその姿は、牙を持つ野性の獣のように、冷たく鋭く美しい。
 なんとなく、この人に殺されるのなら後悔はしない気がした。

「いきますぜぃ・・・」
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