封神

□波紋
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昆崙山玉虚洞。

仙人の長たる元始天尊が座する其処は、総ての仙道の導となり、濃密で清浄な気に充たされ、色とりどりの霞が棚引く。

初めて仙界に連れて来られた道士たちは、この光景に魅入られ、此処は天上の楽園なのだとヒヨコ宜しくインプリメントされる訳だ。

だが、幾千年時を経て、仙人にまで昇り詰めた身なれば、代わり映えしない只の風景に欠伸が出るばかり。

偶にはオタマジャクシでも降れば良いのに。
そんな下らないことを考えて、黒服の麗人は頬杖を突いた。

年に一度の十二仙会議は退屈極まりない。

只でさえ不老不死の仙界では、弟子の成長等しか代わり映えがなく、昇格したばかりの太乙には弟子の話題も乗ることが出来ない。

此れなら研究室で発明していた方がマシだったな。

横目で居眠りする道徳を眺めながら溜め息一つ。白い頬に、肩口で切り落とされた黒髪がさらりと掛かる。

楕円状の卓の向こう側では、玉鼎が雑多な議題や野次にも嫌がることなく対処していた。

「広成子の『サバイバル場を作る』と言う案は却下だ。予算が足りぬし、使用する人数や目的も不明確だからな。また、元始天尊様の囲碁大会とやらも、出場者が〜…」

冷静沈着で揺るぎない美丈夫に感嘆する。自分ならこんなピーッな会議は一時間も堪えられそうにない。

「流石、十二仙筆頭だねぇ…師兄みたいなのがホントの仙人って言うんだろうなー」

若干惚れた欲目も混じった言葉が小さく落ちる。

「そんなことありましぇん、玉鼎だって千年前位は血気盛んな一仙人だったんでちゅよ」

独り言だったか、隣から反応が返ってきた。
顔を横に向けると、子供のような体躯でふわふわと浮かぶ小鬼のような姿が見えた。

あまり話したことのない先輩仙人だ。たしか、名前は…

「道行師兄?」

余り自信は無かったが、呼んだ名前にニコニコと頷かれて安心する。

「道行で結構でしゅ、キミたちより一個前に十二仙入りしたばかりの若僧でちゅからね、太乙真人。十二仙は皆同格でちゅ。敬語もいりましぇん」

円らな瞳でにこりと笑われると、心がなごんだ。肩の力を抜き、意識してフランクに話し掛ける。


「では私も太乙と呼んで欲しいなー。道行は玉鼎師兄の昔を知っているのかい?」

太乙は昇仙してから百年ほど研究室に籠りっきりだったせいか、まだまだ認知度が低い。文化系で寂しがり屋の太乙としては、体育会系の集まりに参加する公算はないが、此れを機会に交流を深められるなら大歓迎だ。

しかも、話題はどうやら玉鼎師兄の昔話らしい。自分の知らない恋人の姿を知る数少ない機会に、興味津々で身を乗り出す。

太乙の下心を知ってか知らずか、道行は得意げに腕を組んで話始めた。

「そうでちゅねー」










あれは昔々、今から約千年くらい昔のはなしでちゅよ。キミがまだ地上で太上老君の下、修行していた頃ー。

竜吉公主の異母姉弟である燃燈道人が、当時十仙だった仙界の筆頭を務めていたんでちゅ。

なにせ、血統も仙気も文句なしの逸材、おまけに当時誰も使えなかった゛術゛を独学で復活させた功績もあって、元始天尊様直々に頼むほどでちた。

所が、この燃燈はなんというか、字に似て暑苦しく型破りな性格をしてまちて。

姉の為なら元始天尊様でさえ、足蹴にする、所謂゛超☆シスコン゛だったんでちゅよ。

そこで、丁度同期で同程度の力を持った玉鼎を第二位で補佐官につけたんでちゅがねー。

玉鼎は、滅んでしまった某王国の長子が、数多の暗殺者の凶刃を薙ぎ払い、遂には剣聖と崇められることで仙人骨を得た苦労人でちゅ。

生真面目で頑固な性格のせいか、燃燈とは壊滅的に反りが合わんのでちた。


『貴様なんぞくたばるがいい、この石頭がっ!!』

『私情でこの会議を欠席するとは、自覚が足りないのではないか?早々に辞退して道士からやり直せ!』

『体調の優れない姉上を見舞う、それの何処が私情だっ!?肉親の情を理解できない貴様の血は緑色なのだろう、己れが証明してくれるわ!』

『公主には優秀な道女たちが付いている。お前の行動は迷惑になりかねんぞ』

『訳知り顔で姉上を語るなっ玉鼎』


まあ、毎回そんな感じで流血沙汰の喧嘩になってまちた。

仮にも、十仙の1、2位が闘うんでちゅから、誰にも止められまちぇん。仙界一の格闘技術を持った燃燈と、同じく仙界一の剣聖と呼ばれる玉鼎。本気で戦われたら、元始天尊様でしゅら、無傷で留める手立てを見つけられじゅにいまちた。

燃燈が術で周辺を地獄の業火と為し、玉鼎は大地さえ断ち割って切り刻む。

相討ちになるんじゃないか。

皆がハラハラしながら、見守ることしか出来ちぇん。

え、今何故玉鼎が無事なのか?

両ー日以上激闘が続けられていたとき、誰かが燃燈と玉鼎の間に雲中子を放り込んだからでちゅ。アレは赤精子でちたかねぇ。

『うわぁぁあ!?』

『『ッ!』』

突然の現れた非戦闘者に、二人とも驚いて咄嗟に離れまちた。

そうそう、キミたちと仲の良い雲中子も、実は燃燈や玉鼎と同期なんでちゅよ。余りにも変人過ぎて十二仙にはえらばれなかったんでちゅが。

キミが入るまで、仙道とは戦闘力重視でちた。だからまぁ、キミより前の十二仙は筋肉ムキムキばっかりでちょう?

え、ボクでちゅか?こう見えても昔は刃物で鳴らしたクチなんでちゅ!


ともあれ、無理矢理仲裁をすることになった雲中子のはなしでちゅ。

『やれやれ、酷いなぁ。私に喧嘩の仲裁なんかできるはずないのに…』


やる気なく汚れた服を叩く雲中子に、戦闘で昂った二人は直ぐにでも飛び掛かりそうで、皆固唾をのみまちた。

『『そこをどけっ、雲中子!!』』

けれど、一発触発の雰囲気にも関わらず、雲中子はいつものマイペースだったんでちゅよ。どういう神経なんでちゅかね。

『うわぁ、息、ピッタリじゃないか。本当は仲が良いんじゃないの?』

『馬鹿を言うなっ!なんでこやつなどとっ!』

『此方の台詞だ。…雲中子、同期の誼とは言え、口が過ぎると怪我をするぞ』

『おやおや、玉鼎まで沸騰しているとはね。これは止めなきゃ死人が出るかな?』

『望むところだ、この拳でそこの色男の顔を粉砕してくれるわ…っ!』

『笑止。千幾年の功夫を棄てるとは愚かな』
『まぁまぁ、争いは何も生まないよ。どうだろう、此処は建設的に、二人とも私の実験に参加してみるとか』

『『断る!!』』

『そうかい、じゃあキミたち相手に私が゛負けなかったら゛実験に協力してくれるかな?』

胡散臭い笑みを浮かべて言うやいなや、雲中子の身体から大量の生物が吹き出してきたんでちゅ。

見た目は束子に目を描いたような弱い生物でちたが、燃燈に潰されても玉鼎に斬られても、増えるばかりで辺りは数秒でその生物に埋め尽くされまちた。

ま、当然その場にいたボクたちも被害を受けたんでちゅけど。

『う、雲中子!!俺らはどうすれば良いんだよっ!?』

『発生源はあの二人に設定してるから、この場から離れれば事足りるよ。…然し、このクリボーバイオギジンMIXも興味深いねぇ。宝貝じゃないから、仙気は召還時にしか必要ないし、遺伝子の発生限界に到達するまで一万世代ってところか。』

『いっ、いちまんーっ!?それまで増え続けるのかぁ?』

『そうだよ黄竜。あっ、あの爆発の火力は燃燈だね。外界からの要因によって遺伝子異常が発生し、毒クリボーと水鉄砲クリボーが生まれた様だよ』

『うぎょえっ!?』

…まぁ、そんな具合で雲中子がその場を納めまちた。

え、なんでそんなに燃燈が玉鼎を毛嫌いしていたかって?

玉鼎が竜吉公主と恋仲だったからでちゅ。

まぁ、どちらかと言えば公主の片想いだったようでちたが…聞いてまちゅか?太乙??
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