封神
□雷火 參
1ページ/3ページ
キミたちはいつになったら、
私の忠告を真面目に聴いてくれるのかな?
毎回毎回、
失うことを恐れながら互いに互いを傷つけ合い、
軌道修正するごとに削れていく不可逆な何かを見ないふりして
最初から間違っていたのに、
都合のいい正解なんてあるはずがないだろう
真っ直ぐなキミが歪んでいく
聡明なキミが愚かになる
私に許されたのはただ傍観するのみ
キミたちが近付くほどに、崩壊は進んでいき
ほら、絶望はすぐそこに
普段は人っ子一人近付かない我が終南山玉柱洞の地下研究室。
今年は雨季が短かったせいか、自慢の菌類達も育ちが悪い。
シャーレ上で蠢く小さな蛞蝓状の集合体を、一体一体ピンセットで採取していると、地上へ続くエレベータ付近から扉叩く轟音が聴こえた。
「……」
この変人として名が知れ渡った私の洞府を訪れるた事があるのは、千幾年経った今でも三人しかいない。
最も訪問頻度の高い友人には、エレベータの起動パスワードを教えてある。
最も凶悪な腐れ縁は、各種防犯設備を音もなく斬り捨てて入ってくるため、あんな音はしない。
ならば、最も頑丈な被験者、もとい友人の道徳真君がやって来たと云うことだ。
プロテインの追加を頼みにでも来たのだろうか。
私が思案している間にも、扉が破壊される爆音は鳴り響く。
「おやおや、随分せっかちになったものだねぇ」
扉の崩落に巻き込まれないようエレベータから少し離れ、茶器代りのビーカーから珈琲を啜って、待つ。
案の定、落下してへし折れた扉の残骸と共に、ワイヤーを伝って滑り降りてくる碧のジャージ。
「太乙っ!居るかぁーっ!?」
只でさえ騒音に成り得る声を更に張り上げ、友人の名を叫んでいる。
まだかなりの距離が在るのにワイヤーを手放して、私の隣へ危なげ無く着地した男は、その勢いのまま研究室へ飛び込もうとしていた。
運動神経など、生まれてこのかた存在しない私が道徳の襟首を捕まえられたのは奇跡かも知れない。
別に嬉しくはないが。
「人の洞府を破壊しておきながら、挨拶も抜きでそれかい?
今年の十二仙昇格試験は終わったね、道徳」
軽く引きずられながら皮肉を言うと、走るのを諦めた道徳が振り返った。
健康的だった顔に似合わない隈が浮かび、焦げ茶色の真っ直ぐな瞳が僅かに濁って私を写す。
「太乙が…居ないんだ」
焦燥に嗄れた声。
「そう、でも此処にも来てないよ。キミに会ったのだって、百年ぶり位だし」
無表情に告げると、道徳はあからさまに肩を落とした。
「つい先週金光洞で会ったばかりだろ…」
力ない声はこの男らしくなくて、説教する気を削がれる。
「そうだったかい?生憎、千年以上生きてると時間感覚が希薄でねぇ。
…それで、太乙は何時から居ないんだい?」
「5日前…」
「一週間も経っていないじゃないか。太乙だって洞府を留守にすることぐらいあるよ」
呆れたように呟くと、道徳は諦めを知らない子供のように拳を握り締めた。
「でも、今まではちゃんと行先を教えてくれていたんだっ」
「太乙だって、たまには一人になりたいときがあるんじゃないの」
「でもっ、出先で何かあったのかも知れないだろっ!」
「彼だって一応洞府持ちの仙人だよ。戦闘力でキミに劣るとはいえ、あの明晰な頭脳で危険に遭遇する可能性は、ほぼないね。
キミみたいな輩が、寝込みを襲わない限り」
意地悪く言うと、道徳は顔を暗くした。
「……」
まったく、単純な男だ。
「冗談だよ。何をそんなに不安がっているのかな?キミたちは晴れて恋人になったのだろう?」
「………太乙は、本当に俺を好きなのか?」
固い表情で尋ねてくる道徳に呆れる。
「私に聞かれてもね」
「遠い…気がするんだ。どれだけ抱いても、どれだけ愛しても…あいつに、太乙に届かない」
唇を食い縛って呻いても、太乙の心はきっと捉えられないだろうに。
「太乙はさ、俺に"好き"って言ってくれたことがないんだ」
道徳は飼い主とはぐれた犬のような、情けない笑みが溢した。
さて、飼い主の太乙は何処へ行ったんだろうね?