封神

□失楽園
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†失楽園

予はこの世に生を成した時から、須く王である 宿命を負っていた。

初めは居たらしい親兄弟は、予が物心つく前に 死別しており、気づいた時には玉座についてい た。

子供であるより、男であるより、王であった。

周囲も其のように扱い、自分でもまた王として 相応しくなれるよう、武芸や学問に勤しむ。

しかし、周囲の期待に応えるほど、予と周囲の 間には深い溝が刻まれていくようであった。

『お見事です、陛下!!』 『紂王陛下万歳!』 『流石、この国の王でございます!』

臣下から賞賛されるたび、予は遠ざけられてい る気がしてならなかった。

『貴方なら何れは後世に名を遺す賢君と成られ るでしょう。私も安心して前線へ向かえます』

歴代の王の教育係であった聞仲が、満足そうに 頷いて出ていく。

彼は予の孤独に気付くことはなかった。

王とは一体なんなのだ。

皆が予を神の様に扱う。

皆が予の命令に従う。

まるで、間違いなどないように。

『陛下…王とは孤独なものです』

西伯侯に封ぜられた姫昌が言っていた。けれ ど、彼でさえこの孤独を癒す術を教えてはくれ なかった。

予は、周囲にヒトとして認識されていないのだ と…理解してしまっていた。

唯一、ヒトに戻るのは、女を抱いているときだ け。

女はいい。

柔らかく優しく、その肌に触れている間だけ、 孤独が癒される。

当然のように、予は女に溺れた。

政略結婚によって娶った姜妃は堅い女だった が、それでも大切に抱いた。

姜妃が子供を身籠れば、後宮で別の女を抱く。

王であるが故に、困りはしなかった。

女であれば誰だろうが構わなかった。

女もまた、予を王という符号でしか見なかった からだ。

しかし、ある時。

『紂王さまぁ〜んっ、そんなお顔してぇ、寂し いのかしらん?』

予の前に、妲己が現れた。

妲己は、予を、ヒトとして扱ってくれた。

『可哀想な紂王さま。妾は傍にいるわん』

妲己は、予の孤独を理解してくれた。

『妲己…だっき…予にはそなただけだ』

抱きながら、妲己の深い懐に抱かれる。

妲己の甘い薫りに、意識が混濁する。

『くすくす…紂王…本当に憐れなお人だわん…』

あぁ、妲己が笑っている。

言葉は既に微風のように通り抜けて意味を為さ ぬ。

『この国を滅びへ導くため、歴史に選ばれた生 け贄…最期の王さま…人民はあなたの屍を喰らっ て生きていくのねん』

愉しそうに頭を撫でられる。 心地好い。まるで、噂に聞く母のようだ。

こうして、ヒトの様に、愛されてこそ民を愛せ ると云うのに。

予は妲己以外の愛を知らぬ。

『妾が復讐させてあげるわん…全てを喪うことに なるんだから、そのくらいはしないとねん…もっ と、欲望に忠実に生きていいのよん』

そっと、抱き締められる。 あぁ、そなたはやさしいな。

臣下や民は予に従ってくれたが、誰も寄り添っ てはくれなかった。

『寂しくなんかないのよん…妾は死ぬまで紂王さ まのお側にいるからん』

そうか、そなたが居るゆえ、予は死ぬまで孤独 ではないのだな。

『さぁ…誓いの口付けを』

予は、赤く甘い果実のような唇を吸った。

例えそれが毒であると分かっていたとしても、 飲み干してしまわずにいられなかった。

堕ちる先に、そなたが居てくれるなら。

神でさえ恐れはしない。


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