封神

□雷火 四
1ページ/1ページ

最初はただ、美しいと思っただけであった。

総てを内包し、赦す闇色の瞳。
陶磁器人形のように整った白い顔立ち。
柳の如くしなやかに伸びた肢体。



言葉を交わせば、知りたいと願うようになった。

鼓膜を柔かに揺らす優しいテノール。
感情豊かで機知に富んだ会話。
鮮やかに変化する表情。



そして気が付けば、身体が勝手に動いていた。

艶やかな唇へ口付け、吐息を奪い。
濡れた黒髪を指先で丁寧に櫛梳り。
華奢な肩を引き寄せて、冷めた身体を温める。



己の欲求を自覚したのは、離れてからだった。

穏やかさと相反する貪欲なまでの知識への渇望。
張り詰めた弦のような強さと危うさ。



剣以外の総てを捨て数千年生きてきた己が、そばにいて欲しいと願ってしまった。



たかだか出逢って7日余りの間、共に過ごしただけであるのに。

然れど、世界は表情を変え、心は告げる。

あれはーーーーー魂の伴侶だ、と。









「…そうして、愛し合う王子と姫は、結婚しました。二人にはかわいい子供がうまれ、父親と母親になり、いつまでも幸せに暮らしたそうだよ…おしまい」

太乙が洞府へ帰った日の夜。

静かすぎて眠れないとむずがる楊ゼンに、玉鼎は初めて絵本を読んでやっていた。

太乙手製のその絵本は、頁を開く度に切り絵や色紙が飛び出すような工夫がなされ、読み手である玉鼎も見飽きることがない。

技巧を凝らした絵本を丁寧に閉ざし、眠そうに眼を擦る弟子の頭を撫でてやる。

「もう休みなさい…楊ゼン」

「ん…おししょうさま…」

コロンと小さな頭が枕に埋もれるのを玉鼎が見つめていると、小さな声で楊ゼンが尋ねてきた。

「たいいつさまと…こんどは、いつお会いできるのですか…?」

「……わからないな」

少しだけ困ったように玉鼎は眉を下げる。太乙には多大な負担をかけると知りながら、育児方法伝授を理由に数日間引き留め、更には楊ゼン用の宝貝作成まで依頼してしまった。
十二仙昇格試験も迫ってきているので、太乙も此方の洞府にばかり構っていられない筈だ。

玉鼎が言い澱むのを敏感に感じ取ったのか、楊ゼンが悲しげな顔をして俯く。

「おはなしみたいに…おししょうさまがちちうえで…たいいつさまが…ははうえだったら、ずっといっしょにいられるのに…」

「っ、!」

幼児の思わぬ発言に、動揺した玉鼎の手から絵本が溢れ落ちる。バサリと音を立てて床に広がる絵本を拾い上げていると、不思議そうな表情の楊ゼンと視線が合った。

「おししょうさま…たいいつさまをキライなのですか?」

「っ、いや…そうではないよ」

自分でも何に動揺したのか分からない玉鼎は、反射的に否定を返して、絵本を寝台脇の机に置く。そのまま質問から逃れるように視線をさ迷わせていれば、硝子の水差しが目に留まった。

朗読などと、柄でもないことをしたせいか、喉に乾きを覚えていた。水差しから湯飲みに水を注ぎ、些か行儀悪く一息に煽る。

と、その瞬間に楊ゼンがとんでもないことを言い出した。

「よかったぁ…おししょうさまも…たいいつさまをあい、あいして…?いらっしゃるのですね…」

「〜っゴホゴホッ!!」

ビシャッと噴き出した玉鼎の顔面が水浸しになる。剣聖とまで称される武人の喉で奇妙な音が鳴り響き、気管まで入り込んだ水に言葉さえまともに話せなかった。

咳き込む玉鼎の背中に、無邪気な子供の言葉がトドメを刺す。

「たいいつさまからおしえていただいたんです…あいしあうヒトは、ふーふになっていっしょにくらすんだって…そうしたらぼくみたいなこどもができるって…おししょうさま、ボクはいっしょにあそべる、おとうとがほしいです」

一体、ナニを教え込んだのだ太乙ッ!!

玉鼎の言葉にならない悲鳴が金霞洞に響き渡っていた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ