突発連載

□罪人縋りし蜘蛛の糸
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その日初めて、総悟は人を斬った。


 か細い雨が天と地を繋ぎ、血を洗い流していく。
 隊服が何故黒なのかを初めて理解できるほど、人の血を吸い込んだ重さ。

 腹の中でどす黒くとぐろを巻いた蛇が、命を狩ろうと牙を鳴らす。

 狂え 狂え 狂え 

 ―――まだ戦闘は終わらない。

「副長っ!一番隊隊長がっ・・・止りません!!」

「ちっ!」

 しろ、くろ、あか。
 そして、何者にも穢されない蜂蜜色の髪。
 
「総悟っ!もう終わりだ!聴こえねぇのか?!」

 紅い瞳は見開かれたまま、敵だけを映し出している。
 容赦ない刃で、罪人たちの命を奪う。
 それでも、その姿はこの惨状に不釣合いなくらい美しかった。

 初めてとは思えないほど人を殺戮し尽して、それでも血しぶき一つ浴びていない。

「おい、総っ!!返事をしやがれっ!」

 腕を掴んで引きとめようとすれば、俺の首元に銀光が伸びる。

「っ!!」

 斬られる寸前で刀でそれを受け止める。

 総悟はもはや、俺さえ認識できていない。

 周りを囲んでいた隊士からも悲鳴が上がる。

「副長っ!!」

 そのまま何の躊躇もなく俺を殺そうとする総悟。

 このまま殺されてもいいかと、一瞬だけ思ってしまう。

 それほど美しい剣筋だった。

 だが、無駄のない美しさとは、読みやすいということでもある。

「がはっ!!」

 間合いを詰め、鞘で二の太刀を防いだ。
 間髪入れず腹部を思いっきり蹴り上げれば、総悟の軽い身体はいともたやすく吹き飛ぶ。

 地に落ちた身体を、容赦なく踏み、刃を突きつけて問う。

「お前は、自分が誰だか分かるか?」

 もし、総悟が正気に戻らなければ斬らなくてはならない。

 それが、真選組副長としての役目。
 それが、お前に人を斬らせた俺の責。
 それが、お前が俺に科す、罰。

「・・一番隊隊長、沖田、そうご」

 開いていた瞳孔が収縮して、紅い瞳が俺を認める。
 その表情は、自分の今の状況が理解できていないのか、昔と同じようにあどけなかった。

「俺は?」

「・・・クソ土方」

「・・副長と呼べ」

 刀を鞘に納めて息を吐く。
 知らぬ内に握り締めていた指先が、痛いほど冷たかった。




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