その他
□いざや
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それはとおい記憶の彼方
わたくしの人生のほんのわづかな隙間を埋めるやうにして
其処にゐたのでございます
「・・・ーぉい、関タツ。猿ッ!僕が起きているというに、何故お前が起きんのだ!」
誰かが布団の上から私をを激しく揺さ振っている。
「・・・。よせよ、まだ眠いんだ」
暖かい微睡みから離れたくなくて、布団に顔を突っ込んだまま文句を言う。
誰かはますます容赦なく私の安楽の地を剥ぎ取ろうと躍起になった。
「うぅ・・・なんだよ中禅寺。今日は試験じゃないよ・・・?大体、君が遅く迄寝かせてくれなかったんじゃないか・・・」
私が寝呆けた頭でもごもごとそういうと、中禅寺のあの仏頂面とは、全く異なるかけ離れた爆笑が降ってくる。
「・・・っ?!」
異変に気付いた私が掛布団を跳ねあげる。
見えたのは、ギリシア彫刻のような華やかな美貌。それが台無しになるまで歪ませて、榎木津がわらっていた。
「おい猿ッ!お前と京極が同室だったのは何十年前の話だ!うぁははははは」
学生時代から容姿も性格も変わらない私と京極堂の先輩、榎木津。今も昔もから私はこの人から、かわれ続けている。
ああ、誰かこの馬鹿笑いを止めてくれ。顔から火を吹きそうだ。
笑い転げて畳を叩く榎木津の後からは、妻の雪江がすまなそうにこちらを伺っていた。
「すみません、タツさん。客間でお待たせしようとしたのですが、この方が起こしに行くと仰って」
確かに、妻にはこの男を止めるのは不可能だろう。なにせ、京極堂ですら放置しているのだ。