その他
□Geometry lover1
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光。
瞼を透かして入ってきた光は、レンズを通して逆さまな国を網膜に取り込む。
痛み。
視神経から刺激を受けた脳は、まだ眠たい僕の睡魔を無理やり引き剥がして、目覚めを促す。
肉体。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。
この五感が脳に伝えられることによって僕らは世界を認識する。
言い換えれば、脳が刺激を受けてさえいれば、それが僕らの世界になってしまう。
たとえ僕という存在が、此処になくても。
もしかしたら僕は、1,4kgの脳という檻に閉じ込められたまま、「サエバ・ミチル」という夢を見ているのかもしれない。
あるいは、脳という器官すらも作り事で、僕は僕になる可能性を秘める量子が、ただ漂っているだけなのかも知れない。
「ミチル」
誰かの呼び声。
平坦な、けれどどこか暖かい気がするのはこの光のせいなんだろうか。
「ミチル、起きなさい」
「・・・ロイディ」
この顔を見ると、僕は僕として存在できていると安堵する。
「ミチル、今起きなければきっと夜眠れなくなる」
ロイディはウォーカロン(walk alone;人型ロボットの略称)で、僕の大切なパートナーだ。
けれど最近、親みたいに過保護になっている気がする。
「んんっ、今、何時?」
大きな欠伸をして尋ねると、僕の仕草にロイディは少し顔を顰めてみせた。
機械の癖に、こういうときは口うるさい奴。でも、そのしかめっ面も、ため息を付きたくなるほどカッコいい。
「午後1時35分27秒17。ミチルが寝てから6時間19分だ」
「ああそっか、昨日は原稿仕上げてたから・・・・」
「精確には今朝だ」
「いいんだよ、僕が寝る前は夜。起きたら朝」
「・・・それでは寝てなければ朝は来ない事になってしまう」
「いいんだよ、気分だから。コーヒーが飲みたい」
「今パトリシアが淹れている。主が起きもしないのにコーヒーを淹れるのは非効率だと言っていた」
パトリシアというのは最新式のウォーカロンだ。とある事情から、ある国の女王から預かっている。ロイディとは仲が良いように僕には見えるんだけど、実際は色々と意見の相違があるようだ。
「ふうん。なんて返したの?」
「ミチルを起こすといったら、命令されてもいないのに何故そんなことをするのか理解できないと言われた。
ミチルは私に起こされて不快だったか?」