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□嘘吐きな唇に毒薬を
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嘘吐きな唇に毒薬を


「あれ、お前ってそういや何時から煙草吸い始めたんだ?学生時代は煙草の匂いだけで駄目だったろ?」

 敵を待つ僅かな間。
 すっかり精神安定剤として定着してしまった煙草の箱をシュタインが取り出すと、スピリットが不思議そうに尋ねる。

「アレは先輩が振られる度にヘビースモーカーになるから、嫌だったんですよ。折角綺麗な色した肺が汚れてしまうのを見てましたからね」

「ゲッ、『校則違反。健康に悪い』って事あるごとに言ったのは、そういう理由かよ!」

「先輩こそ、今は吸わなくなりましたね」

「煙草はカミさんも嫌いだったし、子供の前で吸うわけにはいかねぇし」

「すっかり子煩悩パパですね」

「おう!」

 そうなったことを微塵も後悔していない嬉しそうな声に、シュタインは吸い掛けの煙草を落として踏みにじった。

「・・・貴方が幸せそうでよかったです」

 俺を見捨てて去ったくせに。
 飲み込んだ言葉の変わりに、肺から紫煙を吐き出した。

***

 久しぶりの本格的な戦闘は、冷め遣らぬ熱と狂気を呼び覚ます。
 共鳴していたスピリットには、それが手に取るように感じられて恐ろしかった。

 学生時代の比ではない。

 シュタインの抱えているのは、鬼神に等しい狂気。

『あいつは俺と一緒に居ないほうがいい』

 あの時はその判断が正しいと思った。
 5年間もスピリットに執着し、解剖し続けている真実を知り、このままではいけないとパートナーを解消した。

『俺はアンタが好きです』

 スピリットが去るとき、シュタインが漏らした一言。
 執着した対象が離れることでシュタインの狂気は収まると思った。
 再会した時、別人のように穏やかになった瞳を見て安心した。

 なのに、これは何だ。

 魂が、喰われる。

 敵と戦っているはずなのに、心は激しいほどスピリットにぶつかってきている。
 十数年の孤独を、惜別の痛みを、悲しいまでの執着を直に伝えられて、翻弄される。
 それでも、スピリットの魂はその荒ぶる狂気を包み込んであやしてしまう。
 ずっとそうしてきたかのように。

「おい、大丈夫か?」

敵が去った後、笑いながらしゃがみこんだシュタインに人の姿に戻ったスピリットが声を掛ける。
震える肩に手を掛けると、その手首を掴まれ、強引に引き寄せられる。

「おわ!?」

シュタインの白い髪が、スピリットの黒いスーツに埋まる。
勢いを殺しきれずに後に尻餅をついたスピリットに、シュタインがしがみ付く。

「おーい、俺の胸は女の子専用なんだけど」

 スピリットの呆れたような言葉にも反応しないシュタイン。

昔はまだ小さかったこいつをよくこうしてやったな。
スピリットは妙な感傷を抱きつつ、パートナー時代と同じように、白い髪を撫でてみる。
昔は自分より背が低く、か弱く見えた後輩は何時しか背が伸びて大人になっていた。
けれど昔と変わらず、感情表現が下手だ。

「・・・こわしてしまおうと、思ってました」

 小さな声だった。

「・・・何を?」

 聞き取りづらく途切れ途切れな言葉を、それでもスピリットは静かに掬い上げる。

「あんたも、あの女も、あの女の産んだ子供も、世界も」

「あんたが捨てていった、俺自身も」

「ねぇ、スピリット先輩」

「俺だけのものになってよ」

「あんたしかいらない」

 シュタインがゆっくりと顔を上げる。
 スピリットは見たくなかった。
 笑いながら泣いている、狂喜の笑顔。

 スーツを掴んでいた指が、赤い髪を捉える。
 冷えているのに、業火のように燃える瞳から何故か眼を離すことができない。
 否応なしに引き付けられる。

「どうしたら俺のものに出来る?」

 温度のない唇が重ねられる。

 昔、一度だけ口付けた唇より、それは少しだけ苦かった。

***

「っつ!!う・・・・ん・・・っくはぁ!!」

 優しさも快楽も欠片もない、傷つけるための行為。
 抵抗しようにも、骨に食い込むほどの力で拘束されている。

「ああ。綺麗ですよ先輩」

 下肢に流れる血を舐め取って、シュタインが笑う。

「好きなのに好きなのにどうして逃げたりしたんですか?あの女がそれほど良かったんですか?それとも俺が恐かったんですか?どうしてどうしてどうして・・・・また現れたんですか」

 痛みと恐怖で萎えたスピリットのソレをシュタインは握りつぶすように揉みしだいて、無理やり絶頂へと導く。

「ふ・・・っあああああああ!!」

 スピリットの背が何度も跳ねて力尽きたように地に落ちる。
 それでも、シュタインは止めない。

「触れられない見つからないところにずっと隠れていれば良かったんですよデスサイズになるなんて信じられないなんで神なんかの隣にいるんですか」

 淡々とした口調とは正反対に、スピリットを攻め立てる手は激しい。

「かはっ・・・・しゅ、シュタイ・・・ン・・・」

 切れ切れにシュタインの名を呼べば、口調が少し悲しみを帯びた。

「気が狂っても良かった貴方に殺されるなら・・・・失うよりずっと」

 シュタインの動きが止る。

「・・・・・シュタイン?」

 不意に眼が合う。
 犯されているスピリットの眼が、驚くほど澄んでいてシュタインは思わず身を引いた。
 シュタインの動揺で、両手の拘束が解けて抵抗できるにも関わらず、スピリットは抵抗しない。
 しないどころか、真っ直ぐシュタインを見つめて、呆れたように笑う。

「何で・・・」

 呆然としたシュタインの頬に、スピリットの手が伸びる。

「何でって、こっちが聞きてぇよ。酷くヤられて泣きたいのはこっちだっつーのに、何でお前が泣くんだよ」

 スピリットの手に付いた液体が涙だと分かって、シュタインはようやく気づく。 
 自分はずっと泣きたかったのだ。
 けれど、スピリットがいないと泣くことさえ出来なかったのだ。
 自分は泣かない人間だと思っていた。
 馬鹿みたいだ。
 そして、もっと馬鹿なのは、そのシュタインを抱きしめたスピリットだ。

「先輩は・・・俺が恐くないんですか・・・?」

「恐ぇよ!恐ぇしマジムカつくし苦手だし気持ち悪ぃ!!」

「そんなにはっきり言わなくても・・・・」

「でも、放っとけねぇんだよ・・・」

「馬鹿だ・・・・刃を出して拒絶してくれれば良かったのに」

「そうしてもお前は止めなかっただろ。自分が失血死するまで」

「勿論」

 シュタインが当然肯くと、先輩は盛大に嫌な顔をしてくれた。

***

「・・・煙草」

 汗と血に塗れた白衣から転がり出たものを、スピリットがシュタインに手渡す。

「ああ、気づきましたか」

「最初から分かってたよ。あの部屋に俺が置いてったのだろ」

「・・・これだけしか、残らなかったんで」

 煙草の箱と、安物のライター。

 たった一度、触れ合った唇の味。

 思い出すだけで、狂気が押さえ込める。

 そう、最初からこんなものは何の役にも立たなかった。
 世界に引き戻してくれるのは、何時だってスピリットだけ。

「俺のものになってください、スピリット」

「嫌だ。俺は誰のものにもならねぇよ」

 それでも、久しぶりに共鳴した後の今は、身体を繋ぐよりもずっと互いの心が理解できた。

『それでも、傍にいる』
『たとえ誰のパートナーとなっても』
『何処にいても』
『お前を狂気に引き渡したりしない』

『貴方が何処にいても』
『俺が狂っても』
『愛しています』


*18禁らしいので、ちょっと(?)控えめに。
 
 

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