突発連載
□罪人縋りし蜘蛛の糸
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雲一つないのに、急に頭上が陰った。
「高杉ーッ!!!」
空には巨大な船。
ソコからもうスピードで何かが落ちてくる。
「ッ!?」
高杉とヘッドフォン頭が大きく後ろに飛び退き、空いた空間に着地したのは、さらりと流れる黒髪の男。
白刄がおれを拘束していた糸を断ち切り、四肢が自由を取り戻す。
「もう止めろ高杉。
市井に広まっていた薬は回収した。江戸で暴動は起きんぞ。ここに真選組を引き付けていても無駄ということだ」
なぜ桂がここに居るのか、なぜおれを助けるのか考えるより先に体が動き、桂と高杉から大きく間合いを取っていた。
おれを囮に真選組中枢の冷静さを失わせ高杉に引き付け、江戸でのテロを狙っていた?
あの土方が何の手も打たず江戸を離れ組を危険に晒したりするだろうか。
あの男が情に賭けるのは己の命だけ。だから、怪我の治らぬあの脚でこの船に突っ込んできた。
・・・おれに責任を感じて。
計画が失敗に終わったと知っても、高杉は何の動揺も見せなかった。
ただ、独りで敵地に乗り込んできた桂に口の端を歪める。
「久しぶりだなァヅラ。
テメーも当々幕府の狗に成り下がったか」
高杉の気が吹雪のように冷たく吹き付けた。
尋常じゃない殺気に、おれたちは今まで文字通り“遊ばれて”いたのだと分かる。
しかし、桂はまるで気にしていないかのように高杉の気を正面から受け止めていた。
むしろその殺気さえ懐かしむかのように。
「ヅラじゃない桂だ。真選組にはペットの借りがあってな、今回だけ手を貸した。
何にせよ、お前を止めるのはこの俺だろう、晋助」
「ふん。力に頼らず国を変えよう何ぞ、甘ェ事宣ってる腑抜けたテメーに止められっかァ」
「国は変える。誰も傷つかぬよう俺のやり方でな。
だが、お前を止めるためなら何度でも剣を取ろう。
高杉。貴様が狂おうが壊そうが、俺は全て受け止めてみせる!」
「ハッ、何を勘違いしてやがる?
最初から狂ってんだ、俺もテメーもこの国も!
変えてェなら全てぶっ壊せよォ、完膚無きまでになァ!」
高杉か言い放った瞬間、空間さえ裂ける勢いで桂とぶつかり合う。
交錯する刀が悲鳴を挙げ、血飛沫が散る。
火花を散らし、傷つけ合いながら言葉を交わす二人。
けれど突き放すような言葉とは裏腹に、視線は一瞬たりとも離れずより深く絡まる。
憎んでいるのか愛しているのか判別がつかない。
ただ理解できるのは絶対的な隔絶。
「小太郎ォオオオ!」
「晋助ぇえええ!!」
血が吹き上げる。
刀もなく、じっと見ているしかないおれは、いつしか戦う二人に、自分と土方を重ねていた。
もし万一、近藤さんや姉上を失って、自分と土方が道を違えたとしたら。
俺たちもあんなふうになっていたのか。
寒気がするような不安。
それを吹き飛ばす、力強い声。
「飛び降りろ総悟ッ!受け止めてやるッ!」
傷ついて立っているのも苦しいくせに、何の疑いも迷いもなく開かれた腕に。
否応なくおれは落ちた。
――今はこの腕の温もりさえあればいい。
この時はそう思っていた。
第二章<完>
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