*retsu-go*

□願うはただひとつ
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「でもそのせいで、予定より早く帰ってくることになったんでしょう?この子が前もって言っておかなかったから」
「…そう、なのか?」

窺うように尋ねてきたシュミットへ、エーリッヒは暫く視線を彷徨わせていたが、自分をじっと見つめている親子二人に根負けし、最後にはこくりと遠慮がちに頷いていた。
だが、我が意を得たといわんばかりに頷く母親と違って、そんなことを聞かされたシュミットは堪ったものではなくて。
和やかなムードの中、旅行のお土産が手渡されようとしている二人から、それを奪いとると。

「ちょ、シュミット…っ?」
「母さんのバカ!何でコイツに言ったりしたんですか!!そうなると思ったから、あの時言わなかったのにっ!」

母親の引き止める声も聞かず、二階への階段を一気に駆け上がっていく。
そうして、いくらもしないうち。
バタンッと大きく響いた、ドアの閉まる音に、女性の口から深い溜息が吐き出される。

「まったくあの子ってば…。これじゃあパーティーが始まるのは当分先になりそうね。…ごめんなさいね、エーリッヒくん。せっかく来てくれたのに」

困ったように自分へと声をかけてきた相手にエーリッヒは首を振ると。
会場へと料理を運んでいくメイドを引き止めては、主役が臍を曲げてしまったため開始が遅れる旨を伝えてきてほしいと告げる女性の姿に、あの…と思わず声をかけていた。


***


エーリッヒは何度も入ったことのある部屋の前まで来ると、コンコンと扉をノックする。

「シュミット、あの…」
「カギなら開いてる。」

そうしてかけた声に返ってきた答えを聞き、エーリッヒはそっとドアを開けると中へと脚を踏み入れた。

「パーティーに行かないんですか?皆、貴方を待ってるのに」
「良いんだよ。もともと、途中で抜け出す予定だったし。それが早いか遅いかの違いだけだ。」

シュミットは寝転んでいたベッドから起き上がると、エーリッヒに向けてチェス盤を差し出した。

「それよりせっかく来たんだ。この間の続きでもしないか?わざわざ人込みの中に行って疲れるより、お前だって静かな方が良いだろう?」

だがエーリッヒは首を横に振ると、今日は賑やかな場所に行きたい気分なんですと呟いた。

「それにチェスなんかより、他にしないといけないことがあるでしょう?おば様に謝って下さい、シュミット」
「…嫌だ。」
「っ…どうしてですか。おば様は、今日が貴方の誕生日だって僕に教えてくれただけでしょうっ?勝手に来たのは僕の方なんですから、怒るなら―――」
「来たことに怒ってるんじゃない!教えたことに怒ってるんだっ!何で判らないんだよ…!!」

悲痛な声で叫ぶ姿に、傍へ寄りかけたエーリッヒの脚がピタリと止まる。

「俺の気も知らないで勝手なことして…。お前だって、いい迷惑だと思ってるんだろ?旅行に行く直前にそんなことを言われて」
「僕は、」
「実際、旅行を早く切り上げてココに来たんだもんな。俺にまで気を遣う必要はないんだから、文句があるなら言っていいんだぞ、エーリッヒ。ま、お前が言いたいことぐらい判って―――」
「判ってませんっ!!」

突然大きな声を出したエーリッヒに、今度はシュミットが驚き、身体を強張らせる。

「おば様は教えてくれただけだって言ってるじゃないですか!無理に来なくてもいいと言ってくれたのを、僕が我が儘を言って来たんです!なのにおば様だけが悪い悪いって…。シュミットの誕生日をお祝いしたいって思うのが、そんなにいけないんですかっ?」

僕からすれば、誕生日のことを教えてくれなかった貴方の方がよっぽど酷いですっ
そう言いながら睨んでくる瞳が、けれど同時に潤みを帯びていくのに気付き、それは…とシュミットは強張った唇をぎこちなく動かした。

「だから、お前に迷惑をかけたくなくて…。お前のことを思って、俺は」
「…僕のことを思ってくれてるなら、どうしてあの時に教えてくれなかったんですか…!」
「エーリッヒ…」
「知らないと、おめでとうを言うことも出来ないし、プレゼントだって…。おば様から教えてもらった時、少し困ったのも本当ですけど、凄く淋しかったんですから」
「…………」
「どうして教えてくれなかったんだろうって。もしかして呼びたくなかったのかなって。でもおば様にそれだけはないって言われたから……。もしシュミットが僕の立場だったら、自分のためだからって言われても、やっぱり悲しいでしょう…?」

振ろうとした首を、けれど寸前で止めると、シュミットはそうだなとだけ返した。
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