*retsu-go*
□この感情の意味を、
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バスルームを後にしたエーリッヒは、濡れた髪もそのままに、窓の傍へと移動する。
カーテンを引けば、そこに広がっているのは宝石を散りばめたような美しい夜景―――。
アメリカの東海岸に位置するリゾート地、アトランティック・シティー。
それが今、エーリッヒたちが滞在している街の名だった。
訪米の目的はアトランティックカップに出場し、優勝すること…。
そして予選から二ヵ月が経った今日――大会を締めくくるに相応しい晴天に恵まれた決勝戦。
欧州代表であるアイゼンヴォルフは接戦の末、全米チャンピオンのアストロレンジャーズを破り、見事勝利を収めたのである。
「…明日は、朝から買い物に追われそうだな」
大会を終え、緊張から解放された脳裏に家族の顔が浮かぶ。
それと同時にドイツを発つ前日、ハンブルクからかかってきた電話の内容を思い出し、エーリッヒは静かに苦笑した。
――…と、不意にドアをノックする音が聞こえる。
【この感情の意味を、】
「どうしたんですか、それ…?」
目を丸くしたエーリッヒは、ドアを開けるなり、そんな質問を口にした。
開けてくれ、と頼む声にドアを開ければ、そこに立っていたのは紫の瞳がとても印象的な幼馴染みで。
普段なら、おかえりなさい、と笑顔で出迎えるのだが、今回はそう出来ない理由があった。
それというのも…。
部屋を出て行った時には手ぶらだった友人の腕に、今は大きな紙袋が抱えられており、しかも中身はワインボトル二本ときていたのである。
「ココのシェフが父の知り合いなんだ」
親友の驚いた表情を受け、シュミットはまるで悪戯を思い付いた子供のように笑う。
「偶然とはいえ、こうして同じホテルにいるんだし。ついでだから、挨拶でもしてこようかと思ってな」
「それが、…どこをどうすれば、ワインを持ち帰ってくることになるんです…」
部屋の奥へと移動し、ベッドに腰掛けた少年を、エーリッヒは呆れ顔で見下ろした。
「理由なんて、簡単だろ?」
だが、相手がそれに首を傾げる姿を見て、シュミットは小さく苦笑した。
「だから……。初の大舞台で優勝までしてみせたんだ。それなりの見返りがあったってバチは当たらないだろ、てことだよ」
「挨拶を口実にしてまで、わざわざ貰いに行くようなモノですか…。」
我慢しきれず、ついには盛大な溜息まで吐いてしまう。
だがそれを全く気に止めた様子もないシュミットは、上機嫌で鼻歌を口ずさみながら、コルクを抜き始める。
そうしてグラスを準備し出した友人に、エーリッヒは最後の悪あがきをすべく声をかけた。
「…知ってます?ドイツの法律じゃ飲酒は16歳からなんですよ?」
「だから?ココはドイツじゃないぞ」
「……アメリカじゃもっと遅い、21歳からだそうです」
「良かったな。俺たちはアメリカ人じゃないし、ココの法律がどうだろうと関係ない」
だったら最初に言った「16歳云々」は通用しないのかと、心の中でぼやく。
それが相手にも伝わったのか、シュミットは可笑しそうに笑い。
「別に良いじゃないか、少しくらい。お前だって初めて飲むわけじゃないだろう?」
「コップ一杯のビールとワイン二本とじゃワケが違います」
「それじゃあお前は、リーダーを務めた親友が初の大舞台で優勝までしたっていうのに、乾杯の一つもしてくれないのか?」
「っ…そういう、わけじゃありませんけど…」
法定年齢が16歳とはいえ、エーリッヒとて、まったく口にしたことがないわけではない。
けれど初めて口にした、あの日。
気がつけば空にはお日様が昇っており、痛みを訴える頭は酔ってからの記憶をきれいサッパリ失くしていたのである。
そのせいか、どうしても首を縦に振れずにいたのだが…。
俯いたエーリッヒにシュミットが声をかけようとした瞬間。
それを遮るように、室内に本日二回目のノックが響いた―――…。
「良かった…。まだ起きてたんだな」
「……、わ…ッ!?」
出迎えたチームメイトにどうしたのかと尋ねるよりも先に、突然凭れかかってきた身体に、エーリッヒは慌ててその肩を抱き留める。