*retsu-go*

□はじまる想い
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「…ごめんね、エーリッヒ?」

こんこんっと咳き込みながら、ミハエルはベッド脇へと視線を向けると、タオルを手にした友人に申し訳なさそうに謝った。




【はじまる想い】




事の発端は昨日の夕方まで遡る。

季節は新年も明けた1月半ば。
週末の休日を利用してミハエルの家へと招かれた一軍メンバーたちは、ティータイム後のゆったりとした空気を楽しんでいた。
だがそんな中。
何を思ったか、窓から外の雪景色を眺めていたミハエルが、突然に「雪合戦をしよう」と言い出したのである。

「やりたいのであれば、お一人でどうぞ。」

満面の笑みを浮かべた少年に対し、そんな台詞を返したのは、数ヶ月前まで一軍リーダーを務めていたシュミットだった。
表面上は打ち解けたかのように見えた二人だったが、水面下―――というか、シュミットの方には未だ引っかかるところがあるらしく。
その口調は数ヶ月前となんら変わっていない。

ともあれ。
我が儘の許される人種であるミハエルの案を、完全に突っぱねることもできず。
最後まで渋っていたシュミットを半ば強引に審判役に決めてしまい、ミハエルはエーリッヒと、そしてアドルフはヘスラーとそれぞれペアを組むことになったのだが―――…。
合戦の火蓋が切って落とされて、間もなく。
激しさを増した吹雪のせいで、決着をつける前に早くもその幕は下ろさざるを得なくなったのである。

さらにその翌日。
学生寮へと帰ってきたメンバーたちを待っていたのは、チーム練習の最中にミハエルが倒れるという事件だった。
幸い大事には至らなかったものの、もともと強くはない身体と前日の雪合戦が祟ってか、ミハエルは38度の熱を出してしまったのである。
そうして場面は冒頭の、医者の診察を終えて戻ってきたところへと繋がる。


「そんなこと、気にしないで下さい。友達なら、風邪でダウンした相手を心配するのは当然でしょう?」
「エーリッヒ…」
「それより、お腹空いてませんか?」

額の汗を拭き取りながら聞かれた問いに、ミハエルは思い出したように、あっと呟く。

「そういえば僕、お昼を食べてなかったんだ」
「ぐっすりと眠ってらしたんで起こさなかったんです。その代わりというか、リゾットを作ってきたので、もし良ければ少し食べてみませんか?」

はらり、と捲くられた掛布の下から美味しそうな匂いとともにリゾットが現れる。
微かに陶器の擦れる音をさせ、食事の支度を進めるエーリッヒに、その横顔を眺めていたミハエルは先から気になっていたことをふと口に上らせた。

「…ねぇ。もしかしてソレ、エーリッヒが作ってくれたの?」

「作ってもらった」ではなく、「作ってきた」と告げた彼。
それは作った人物が他でもない、エーリッヒ自身だという証拠に外ならず。
自分には作り方などサッパリ判らないが、目の前の、背筋をピンと伸ばして食器を扱う友人からは、キッチンに立ってリゾットを作る姿がなぜか自然と想像できてしまうのである。

一瞬不思議そうな顔をしたエーリッヒは刹那、気まずそうな苦笑を浮かべると。

「スミマセン…。その、食堂へ頼みに行ったんですけど、皆さん夕食の準備でバタバタされていて…」

なので頼むに頼めず、自分で作ったのだと続けた。

途端、すごーいっ、と目を輝かせた少年に、エーリッヒは何ともこそばゆい気持ちになってしまう。
その顔はミハエルに負けず劣らず、真っ赤に色付いていて。
それを誤魔化すように微笑うと、冷めないうちにどうぞ、と言って食事の乗ったトレイを差し出した。


***


「ごちそうさまでした」

綺麗に食べ終わった食器を返しながらミハエルは、とっても美味しかったよ、と満足げな表情で感想を告げる。
そうして続けて言うことには、コレが食べられるなら風邪を引くのも悪くないね、という不謹慎な言葉で。
コレにはさすがに、ミハエル、と少年の悪ふざけを注意するエーリッヒの声が飛ぶ。
ふわふわな金髪を揺らしながら、エーリッヒが怒ったぁ〜とベッドに潜りこんだミハエルは、だが暫くして、ひょっこりと顔を半分だけ出し。
窺った相手が困ったように微笑んでいるのを見つけて、えへへ、と笑みを零す。

「元気が出てきたのは良いことですけど、はしゃぎ過ぎると身体に響きますよ?」

そうして乱れた布団を直してあげ、濡れタオルをまだ熱を持っている額へそっと乗せた。
そうして
窺った相手が困ったように微笑んでいるのを見つけて、えへへ、と笑みを零す。

「元気が出てきたのは良いことですけど、はしゃぎ過ぎると身体に響きますよ?」

そうして乱れた布団を直してあげ、濡れタオルをまだ熱を持っている額へそっと乗せた。
そうして…

では、また後で様子を見に来ますね
そう告げたエーリッヒの背に引き止める声がかかったのは、トレイを手に部屋を立ち去ろうとした瞬間だった…。
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