*retsu-go*

□溺れる魚
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チックタック
チックタック

時計の音が、静かに響く。




【溺れる魚】




夜はとっくの昔に更けていて、カーテンを擦り抜けた月の光が柔らかく差し込んだ室内。
エーリッヒはもぞ、と寝返りを打つと、閉じていた瞼をそっと開いた。

『あの、シュミットくんに渡してほしいの…!』

脳裏に蘇るのは、昼間の光景。

当番だったゴミ出しを終え、教室へと戻る途中。
真っ赤な顔をして呼び止められ、言われた言葉は何度も聞いた覚えのある台詞だった。
半分、押し付けるようにして渡された手紙をみとめ、慌てて声をかけようとした時には既に手遅れで。
エーリッヒは左手にゴミ箱を、右手には一通の封筒を持ち、独りその場に立ち尽くしていた―――…。

けれどそうして手渡された手紙は、本人には届いておらず、未だエーリッヒの手元にあった。
ソレもコレも、以前同じようなことがあった際、シュミットの機嫌がすこぶる悪くなったという前例があるせいなのだが…。

「でも、やっぱり…」

音を立てぬよう注意しながらベッドを抜け出すと、エーリッヒは自分のバッグから件の手紙を取り出し、隣の机へと視線を移した。

封を切るか切らないかは、シュミットが決めることで。
どういう形にしろ、預かった手紙を「シュミットのためだから」と“なかった”ことにするのはお門違いもいいところである。

「それにもしかしたら、あの娘のことを好きになって、付き合うようになるかもしれないし」

ウンウン、と頷きながらエーリッヒは手紙を相手の机に置こうと手を伸ばす―――…だが、不意に胸を襲ったチクン、という痛みに身体が強張る。

「あ、あれ…?」

訳が判らず戸惑うエーリッヒの耳に、シュミットの声が届いたのはそんな時だった。
ビクンッと跳ね上がり、恐る恐る振り返った先にあったのは、だが予想に反して、寝息を立てている親友の姿で。
エーリッヒは心の底から安堵の溜息を吐くと、今度こそしっかりと手紙を置いた。
そうしてベッドに戻ると、先程感じた胸の痛みが再びズキンッと大きく響き…

「……ッ、…!」

次の瞬間。
ポタ、と手の甲に水が落ちていた。
どうして…と自問する暇もなく。
次々と込み上げてくるモノを抑えようとするものの、堪えきれなかった声が噛み締めた唇の隙間から鳴咽となって零れてしまう。

「――…、…」

思わず呼びそうになった親友の名前を、だが咄嗟に押さえた手で喉の奥に押し込むと、埋めるように枕へと顔を押し付けた。




チックタック
チックタック

時計の音が、静かに響く深夜。
音もなく溢れる涙もまた、そっと枕に吸い込まれていった―――…。




*END*

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