*retsu-go*

□幸福論
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陽の光を浴びて、ステンドグラスが幻想的な世界を作り出す。
教会の入り口から神のもとへと続く真紅の絨毯。
その上を、純白のドレスで身を包んだ女性が一歩一歩、ゆっくりと進んでいく。
その姿はまるで、小さい頃に見た絵本のお姫様のようで。
愛しい人と誓いの言葉を交わし、幸せそうに微笑むアルターの姿にエーリッヒは少しだけ目頭を熱くさせると、小さく祝福の言葉を口にした―――…。




【幸福論】




窓を開けた途端、全身に柔らかい風を感じて、僅かに目を閉じる。
そうして見上げた空には、満月と何万もの星たちが静かに輝いていて…。
賑やかな場所も悪くはないけれど、アルコールを多分に摂取した今は、こんなふうに静かな場所で夜風にあたる方が心地良かった。

そうやって暫く風を楽しんでいると、ふと、視界の端で一本の木を捉らえる。

「…まだ、あったんだ」

庭へと下り、木の側までやってきたエーリッヒは、ロープと木の板で作られた古いブランコを見つめ、懐かしむように目を細めた。

最後にこれで遊んだのは幾つの時だろう。
歳を重ねていくうちに、すっかり乗らなくなってしまったブランコは、けれど主人がいなくても昔と変わらぬ姿でそこに存在していた。
唯一、子供の頃にはなかったはずの、数箇所に及ぶ板のヒビ割れを除いて―――…。

エーリッヒはその傷を労るようにそっと腰を下ろすと、少しだけ前後に身体を動かしてみた。
その度に、ギ、ギ、とロープが音を立てて、軋む。

夜の闇に溶け込んでいくその音に耳を傾けながら、ゆっくりと瞼を閉じれば。
途端に、先程までは感じていなかった疲労感がドッと押し寄せてくる。
自覚はなくとも、一日中緊張の中にいた身体は自分の気付かないところで随分と負荷を溜め込んでいたらしく、エーリッヒの口から思わず苦笑が零れる。
そうしてブランコと夜風に揺られ、まどろむ意識の中、ふと蘇った記憶にふわり柔らかい笑みを浮かべた。

「思い出し笑いか?」

頭上からそんな声が降ってきたのは、ちょうどその時だった。

からかいを含んだ聞き覚えのある声に、エーリッヒの意識は一気に現実へと引き戻され。
幾分バツの悪そうな表情で後ろを振り返れば、目の前を一陣の風が通り過ぎていった。
髪を激しく煽ったその風は、同時にアルコールで火照っていた体温までも奪い去ってしまい。
突然襲った寒気に身体を抱きしめたエーリッヒは、その背に何かが覆い被さる気配を感じて肩越し、後ろを窺った。

「シュミット…?」
「良いから着ていろ。そんな薄着じゃ風邪を引くぞ?」

もう夏じゃないんだから、と続けた幼馴染に、だがエーリッヒは困ったような表情を返す。

「ですが、これじゃあ貴方が寒いでしょう?」
「だったら一緒に暖まるか?」

本気なのか冗談なのか判らない、挑発的な視線を向けてきた相手に一瞬躊躇うものの、いいですよ、と少しだけ頬を赤くさせながら立ちあがったエーリッヒは、自分の隣へとシュミットを誘った。



「――…懐かしいな」

一枚の上着と一個のブランコをそれぞれ半分ずつ分け合って、月明かりの下に一つのシルエットが浮かび上がる。
触れた腕から伝わる相手の体温を感じながら、エーリッヒが天上の星々を眺めていると、不意にそんな呟きが耳へと届いた。
隣を窺えば、想い出を辿るようにロープへと指を滑らせているシュミットの横顔とぶつかる。

「小さい頃はどっちが先に乗るかで、よく喧嘩したよな。で、その度に二人して怒られて」
「…正確には、ジャンケンに負けた貴方が順番を守らなかったせいで喧嘩になった、ですよ。」
「…………そうだったか?」

首を傾げ、乾いた笑いを零すシュミットにエーリッヒはクスリと笑い、でも、と口を開いた。

「そのおかげでコレを作ってもらえたんですから、結果的には良かったんじゃないですか?」

最初に作られたブランコが子供ひとりしか乗れない大きさだったのに対し、今乗っているコレはイスの部分が広く、大人二人が一緒に乗れるほどのスペースを確保した造りになっている。
それは偏に、二人が喧嘩後に零した――「交代で乗るんじゃなくて一緒に乗りたい」という願いを父親が叶えた結果だった。

「それはそうと、さっきは何を考えてたんだ?」

それまでとはガラリと声音を変えて、突然真面目な視線を向けられたエーリッヒは一拍遅れて、何でもありませんよ、と告げた。
だが不自然にならぬよう視線を外し、そろそろ中に戻りませんかと立ち上がったところで、手首を掴まれてしまい。
振り向いた先で目にした真摯な眼差しに、気がつけば、ただ…と唇を動かしていた。

「…ただ、今日の結婚式を思い出していただけですよ」
「本当にそれだけか…?」
「えぇ。二人とも幸福そうで、本当に素敵な式だったなって」
「そんなことを言って、心の中じゃ泣いてるんじゃないのか?大好きなお姉ちゃんを取られて」
「まさか。フランツが本気でアルターのことを大切に想っているのは知ってますし…第一、もうそんな歳でもないでしょう?」
「………だったら、どうしてそんな顔をしているんだ?」
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