*retsu-go*
□ハニー アンド ハニー
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「それじゃあ点けますよ?」
遠く距離を取っている友人たちが頷くのを見て、エーリッヒは導火線に火を点けるとメンバーの元へ急ぎ、駆けていく。
そうして、ちょうど振り返った瞬間。
地面に置かれた小さな筒から、激しい音とともに光の線が噴き上がる。
黄色といわず、様々な色を纏いながら徐々にその高さを上げていく仕掛け花火に、少年たちはしばし時を忘れて魅入っていた…。
【ハニー アンド ハニー】
「ねぇねぇ。次はコレやってみない?」
「良いですね!」
袋をガサガサと漁っていたミハエルは新たな仕掛け花火を取り出すと、瞳をキラキラと輝かせた。
それに負けず劣らず、こちらも瞳を輝かせたアドルフは早速ミハエルからそれを受け取ると、地面に立てるための土台作りを開始する。
「あらあら。随分楽しそうね」
そんなメンバーを横目に先程の花火を片していたエーリッヒは、不意に聞こえた声に顔を上げると、こんばんはと挨拶を返した。
「今日はありがとうございました」
「どういたしまして。それよりちゃんと火は点いてる?随分前に買った物だから、シケッてないか心配で…。去年の残りモノしかなくてゴメンなさいね」
苦笑を浮かべた、インターナショナル・スクールで寮母をやっている女性にエーリッヒはとんでもないですと首を振り、
「どこに行ってもまだ花火が売られていなかったので、凄く助かりました。おかげで、ミハエルをガッカリさせずに済みましたし」
と柔らかい笑みをふわり浮かべ、返す。
そう言ってもらえると嬉しいわ、と微笑んだ女性は、くれぐれも火には気をつけるのよと最後に付け加えると、寮の方へと戻っていった。
「何を話してたんだ?」
「わ、…!?シュ、シュミット、脅かさないで下さいよ」
首に腕を回した恰好で背中から抱きついている親友を振り返り、そっと胸を撫で下ろすと、途端にシュミットの怪訝そうな視線がエーリッヒへと注がれる。
「…怪しい。そんなに驚くってことは、俺に聞かれるとマズイことでも話していたのか?」
「変なこと言わないで下さい。花火のお礼を言っていただけですよ。…それより、貴方がココに居るってことは、勝負はついたんですか?」
エーリッヒを含め、メンバー四人が夕方から花火を始めていたのに対し、シュミットは今の今まで別の場所――体育館に篭っていた。
というのも、体育の時間に行われたバスケの試合で、ブレットのチームに負けたのが余程悔しかったらしく。
一対一で勝負をしろ、と挑戦状をたたき付け、放課後からずっと“1 on 1”を続けていたのである。
「いや、結局勝負がつかなかったんで、明日はフリースローで勝負をやることになった」
「まだ続けるんですか?」
もちろんだ、と闘志に燃える幼馴染の顔を見つめ、エーリッヒはここにはいない少年へと同情の念を抱く。
その表情をどう受け取ったのか…。
「なんだ?俺がブレットといるのが、そんなに嫌なのか?」
からかいを含んだ声音で、しかも耳元でそんな風に囁かれ、エーリッヒの肩が思わずビクリと震えてしまう。
だがそれを予想していたかのようにシュミットはクスクスと笑うと、唇が触れるか触れないかの微妙な位置で再び口を開いた。
「妬いてるのか、エーリッヒ?」
「ッ…違、います…」
「嘘つけ。俺とブレットの勝負を面白くなさそうな表情で見ていたくせに」
「そんなこと、」
否定しようと肩越しに振り返ったエーリッヒは、だが刹那ぶつかった場所に驚き、目を見開くと、徐々にその顔色を真っ赤に染め上げていく。
「…ッ……いま、…あた…」
「あーっ!!シュミットってば、やっと来たの?遅すぎるよ」
もう半分以上終わっちゃったんだから、と口を尖らせながら駆けてきたミハエルに、エーリッヒは言いかけた台詞を咄嗟に飲み込むと、口許を軽く押さえ、顔を横へと反らした。
「あれ?エーリッヒ、どうかしたの?顔、真っ赤だよ?」
「花火のせいじゃないですか?な、エーリッヒ」
自分の代わりにそう告げた相手をエーリッヒは軽く睨むと、知りませんっと語気も荒く言い放つ。
そうして、中断していた片付けを再開するべく二人から離れていったエーリッヒに、その後ろ姿を眺めていたミハエルは小さく呆れた声を零した。
「ああなるって判ってて毎回やるんだから、本当タチが悪いよね、シュミットって」
「見ていたんですか?」
「見・え・た・の。見られたくないなら、もう少し時と場所を考えなよ」