*retsu-go*
□恋の憂鬱
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「いらっしゃいませ〜」
ドアが開いた瞬間、来店客を出迎えるための挨拶がそこかしこで聞こえる。
ミハエルは室内をぐるり見渡し、見知った顔を見つけると、嬉しそうにそちらへと脚を向けた。
【恋の憂鬱】
「シュミット!約束通り奢られに来てあげたよー♪」
「ミハエル…。昨日も言いましたが、学園祭の出し物とはいえ一応喫茶店なんですから。代金を支払うつもりがないなら帰って下さい」
「え〜。僕とシュミットの仲じゃない」
「何と言われようと、ダメなものはダメです。そもそも奢る約束なんてしていないでしょう」
背中を軽く叩かれ、振り向いたシュミットは溜息を零す。
だが当のミハエルは、それへ小さく笑い返しただけで。
見つけた空席にサッサと座ってしまうと、オーダーを頼むべくシュミットを手招きする。
そんな相手の行動にもう一度溜息を吐いたシュミットは、至極面倒臭そうな顔つきでテーブルへと向かう―――…。
季節は秋。
いよいよ世界グランプリも折り返しに入ろうという時期、ここインターナショナル・スクールでは学園祭が催されていた。
展示や演劇など各クラスごとにその出し物は違うものの、ついにやってきた本番当日、どの教室でも生徒たちが忙しく走り回っている。
そんな中。
祭り開始から半日が過ぎた今なお、客足が途絶えず賑わっているクラスがあった。
何を隠そう、シュミットのクラスがやっている「喫茶店」がソレだったのだが…
「ご注文は何に致しますか?」
白と黒を基調とした制服を身に纏い、手元の伝票へと視線を落とすシュミット。
その姿を見上げていたミハエルは、ふと視線を感じて周囲を見渡した。
けれど別段気になるようなモノはなく、敢えて挙げるとすれば、コチラを見ながらヒソヒソと囁きあっている女の子達の姿ぐらいで。
その会話の中に「カッコイイ」や「シュミット先輩」といった単語が飛び交っているのを耳にした瞬間、なるほど…と思わずミハエルは納得の声を零していた。
「どうかしたんですか、ミハエル?」
「ううん。ただ、どうしてこの喫茶店が一番人気なのか、何となく判っちゃったなぁーと思って」
「そうですか?他のクラスとあまり変わらないと思いますが」
それよりご注文は?と尋ねた無頓着な友人にミハエルは苦笑し、少し考えてから、そういえばエーリッヒは?と返した。
「ココの制服がカッコイイって聞いてたから、記念に写真を撮ろうと思って来たんだけど…。もしかして休憩中だったりするの?」
「いえ。エーリッヒなら、家庭科室で頑張ってますよ」
「………って、何でココじゃなくて家庭科室なのさ?」
「何でと言われても…アイツの担当がホールじゃなくて、裏方のキッチンだからとしか」
途端、ミハエルからブーイングの声があがる。
「えぇえぇぇ〜!!?じゃあ何。エーリッヒのウェイター姿は見れないってことっ?」
ポケットから取り出したカメラを手に、テーブルへと突っ伏したミハエルにシュミットはそっと肩を竦める。
「まぁ、そういうことになりますね。…それより、そろそろオーダーを決めて頂けませんか?もし決まらないのでしたら、コチラで勝手に決めさせて頂きますが?」
エーリッヒの晴れ姿が見れないと知って、ショックから立ち直れないでいるミハエルは突っ伏したまま、好きにしてと言わんばかりに手を振ってみせる。
そんな様子にシュミットは判りました、とだけ告げ。
慣れた手つきで伝票にサラリとペンを走らせると、軽く頭を下げてから教室を後にした。
もちろん行き先は、調理担当者――もとい、エーリッヒのいる家庭科室である。
***
「サンドイッチと炒飯2つ、カレーライスあがったぜ〜」
カチャカチャと食器の音が響く中、出来上がったメニューが次々とテーブルへと置かれていく。
昼食時に比べいくらか落ち着いたとはいえ、まるで小さな戦場と化している室内に、シュミットは思わず感嘆の声を漏らした。
「エーリッヒ。お前ご指名の特別メニューだ」
そんな戦場の一角。
頭に三角巾を巻き、鮮やかな手捌きで調理している親友の後ろ姿を見つけて、シュミットは背後から忍び寄るとその腰をギュッと抱きしめ、囁いた。
「ッ!?ちょ、シュミット…脅かさないで下さいよ。包丁を持ってるのに危ないですよ」
「ちゃんと危なくないタイミングでやってるんだから、大丈夫だって」
そういう問題じゃ、と顔を顰めた相手の目の前に、シュミットはひらりと一枚の紙を掲げてみせる。