*theme*
□機械いじり
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『それじゃあ明日には持ってこれると思いますから』
そう言って、バイバイと左右に振られるアイツの手が、その頃の俺には魔法の手のように思えた…。
【憧れと嘘と真実と】
「エーリッヒ、ちょっと見てくれないか?」
夏もいよいよ本番に入ろうかという8月の頭。
開けたドアの向こうに目的の人物を見つけて、シュミットは部屋の中央までやってくると手にしていたインカムを差し出した。
「もしかして、また壊したんですか?」
エーリッヒはそれを受け取りながら、苦笑とも呆れともつかない声を零す。
向かい側に腰を下ろしたシュミットは心外だとでも言いたげな顔をすると、肩を落としている親友を見遣った。
「今回は俺が壊したんじゃない」
「ですが、これってシュミットのインカムでしょう?貴方以外に誰がつか、」
「ちょっと調子が悪かったから弄っていたら、まったく聞こえなくなったんだよ」
それを世間では貴方が壊したっていうんですよ…。
だがそれは口にせず、そうですか…、とエーリッヒは溜息混じりに呟く。
「でも、確かコレってこの間出したばかりの新品ですよね?」
「―――だから?」
「……何でもありません」
ドコをどう扱えばこんな短期間で壊してくるのだろうと、言いかけた言葉を呑み込み、エーリッヒはもう一度溜息を吐いた。
レースで使う備品は、そのほとんどがFIMAから支給される。
別に、自分たちで直接お店に脚を運んでもいいのだが、マシンのパーツならまだしも、インカムのような精密機器ではそうもいかず。
結果、FIMAに申請せざるを得ないのだが…ここアイゼンヴォルフでは他チームと少々違った方法が採られていた。
つまり、「故障した時は、まずエーリッヒに見せるべし」という方針が。
それは偏に、エーリッヒの趣味が「機械いじり」という事実に起因しているに過ぎないのだが…。
幸か不幸か、今では他のチームまでが頼みにくる光景も珍しくなかった。
「直りそうか?」
「そう、ですね…」
自室から工具入れを持ってきたエーリッヒは、その中から先の細いドライバーを一本取り出し、インカムを解体していく。
その様子を眺めていたシュミットは、だが不意に脳裏を過ぎった懐かしい記憶にクスリと笑みを零した。
「どうかしたんですか?」
「いや、」
しかし言っている台詞とは裏腹にクスクスと笑い続けるシュミットに、エーリッヒは怪訝そうに眉を顰める。
「ちょっと、小さい頃のことを思い出しただけだ。昔から、よくこうしてお前に色んな物を直してもらっていたな、と思ってさ」
***
あれはもう、何年前のことになるのか。
『―――動かなく、なった…?』
昔から、この目の前の親友は、自分が乱暴に扱ったせいで動かなくなってしまったオモチャたちを、一日預かると言って持ち帰っては、次の日には必ずと言って良いほど元通りに直してきた。
それが当時の自分には、一種の魔法のように思えて…。
ある日。
その魔法の正体を突き止めてやろうと、ワザとオモチャを壊したことがあった。
『先に言っておくが、別にワザとじゃないからな』
人に借りた物だからと、今日中に返さなければならないのだと嘘を吐いて、無理矢理その場で直させようとすると、案の定。
突然そんなことを言い出した俺を、エーリッヒは暫く困ったような顔で見ていた。
けれど。
直すまで帰さないという意思表示をするべく、ドアの前で仁王立ちになっていると、エーリッヒの口から苦笑が零れ、次いでその口唇が、わかりました、と了解の意を告げた。
『じゃあ、道具を貸してもらえますか?』
『それくらいお安いご用だ』
道具箱を引っ張り出してきて、相手に手渡す。
だがそれからの手捌きはといえば、まさに魔法のようで…。
内部の入り組んだ構造を何箇所か確認していたかと思うと、あっという間にオモチャは元のように動き出したのである。
そうして床の上を走っているソレを満足げに眺めているエーリッヒに、自分は口をポカンと開けているしかなく。
『………お前、実は魔法使いだとかいうんじゃないだろうな……』
ヤケに乾いている喉から吐き出した台詞は、そんな言葉だった。
「―――あの頃は、器用に動くお前の手が魔法の手じゃないかと本気で疑ったぐらいだ。なんせ、俺が見てもウンともスンとも云わなかった物が、お前の手に掛かると息を吹き返したように蘇るんだからな」
「褒めて頂けて光栄ですよ。でも人を褒める前に、もう少し物を大切に使って下さい」
「良いじゃないか」