*theme*

□夏休みの幻影
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『無人島に一つだけ持っていけるとしたら、何を持っていく?』

ふと誰かが口にした言葉。
皆が次々と答える中、エーリッヒは独り、黙って手元を見つめていた。




【夏の幻影】




「…はぁ…っはぁ……」
「大丈夫か、エーリッヒ?」

シュミットは進んでいた脚を止めると、後ろを振り返った。
頭上から降り注ぐ日の光りは木々が遮ってくれるものの、蒸すような気温は防ぎようがなくて。
額を伝った汗を拭いながら顔を上げたエーリッヒは、上がる息を整えながら小さく頷いた。
それへ微か苦笑し、シュミットは手を差し延べると、エーリッヒの手を握る。

「予定じゃそろそろ着くはずだから、もう少し頑張れ」
「…はい…!」

掴まれた手を強く握り返し、エーリッヒは止まっていた脚を再び踏み出した。


季節は夏真っ盛りの8月。
長期の夏休みを利用して、シュミットとエーリッヒは羽を延ばそうと久しぶりの旅行に繰り出していた。
だがそんな二人が現在歩いている場所は、見渡す限り緑に覆われたとある無人島で。
何故そんな場所にいるのかというと、宿泊先の旅館で出会った一人の女性がキッカケだった。


***


「貴方たちも“女神の雫”が目当てでこの島に来たの?」

日本でルポライターをしているという女性は、旅館に入ってきたシュミットたちを見つけると、その整った容姿に惹かれるように、軽い足取りでそう声をかけてきた。
だが、ただの休暇で遊びに来ていた二人がそんな話を知っているわけもなく。
返せた反応はといえば、揃って顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げることだけだった。
けれど女性には二人の反応が納得できなかったらしく、途端に身を乗り出すと、その“女神の雫”について熱く語り出したのである。


「――…つまりは“願いを叶える石”ということですか?」
「…えらく簡単に言ってくれるわね」

“女神の雫”ができた逸話から始まり、それに纏わる数多の話を聞かせ終わった女性は、あまりに端的な言葉で締め括ってくれた青年に、落胆の色を浮かべる。
そうして、こちらは幾分興味を抱いてくれているらしいもう一人の青年へと視線を向けると、それでね、とバッグの中から少々ヨレた地図を取り出した。

「これが、それがあると言われてる島の地図なんだけど」
「いかにも、な感じの地図ですね」

映画などで出てきそうな、くたびれた地図を見つめ、エーリッヒは少しだけ身を乗り出す。
そんな様子を脇から眺めていたシュミットの口許に、苦笑が浮かぶ。

「でしょでしょ!もうコレを入手するだけでも、かなり苦労したのよ」
「それで?そんなに大切なモノをどうして初対面の私達に見せるんです?」

前振りばかりで一向に本題へと入らない相手に焦れて尋ねると、途端に女性は気まずそうに頭を掻いた。

「その、こんなことを突然言うのも何なんだけど…急に別口の仕事が入っちゃって…」
「………まさかとは思いますが、」

その先を予想してゲンナリと顔を顰めたシュミットに、女性はパチンッと両手を合わせ頭を下げた。

「お願いっ!!私の代わりに“女神の雫”を探してきてほしいの!もちろん報酬が入ったら、貴方たちに半分はあげるから」
「…もし見つけたとしても、他の出版社に売り込むかもしれませんよ。それでも良いんですか?」
「シュミット…!?」
「大丈夫よ!その点はまったく気にしてないわ」

親友の発言に驚き、声をあげたエーリッヒだったが、逆に女性はにっこりと微笑んでみせる。

「私、人を見る目には結構自信があるの。だから貴方たちについてはまったく心配してないから」

シュミットは暫くそんな彼女をじっと見つめていたが、小さく溜息を零すとテーブルに広げられた地図を手に取った。

「こういう類いのモノは噂だけが独り歩きをしてるケースが多くて、必ず見つかるとは限りませんよ?」

その言葉に女性はパァ…と顔を輝かせ、二人の様子をハラハラしながら見守っていたエーリッヒも嬉しそうに顔を綻ばせた。

そうして。
連絡先を伝え、慌てて旅館を飛び出していった女性を見送ると、二人は手配済みのボートに乗って、いざ冒険の途へと着いたのである。


***


「エーリッヒ、見えたぞ」

長い山道を登りきり、見渡した視界の奥に小さな滝を見つけ、シュミットは地図を取り出すと、目の前の景色と図面とを見比べた。
数秒遅れてやってきたエーリッヒは、己を呼ぶ声に親友のもとへと駆け寄るが、目の前に広がった景色に思わず脚が止まってしまう。
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