*theme*

□今日だけ
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「シュミット。具合、どうですか?」

ノックの後、窺いながら顔を覗かせたエーリッヒは、中に脚を踏み入れるとそっとドアを閉めた。




【今日だけ】




「―――て、何やってるんです…?」
「何って…着替えてるんだよ。咳も治まったし、昨日出来なかった用事を今から片付けようかと思ってな」

シュミットは服に腕を通すとベッドに脱ぎ捨てていたパジャマを片し、机の椅子を引いた。
だが座ろうとしたところで、引き止めるように腕を掴まれてしまい、振り返った顔に思わず苦笑が浮かぶ。

「ダメですよ、シュミット。熱が下がるまで安静だって、昨日言われたでしょう?」
「大袈裟なヤツだな。もう大丈夫だよ。眩暈もしなくなったし、熱だって―――」

ないんだから、と言いかけた言葉は、だが不意に近づけられたエーリッヒの顔に驚き、喉の奥へと消えてしまう。

「…どこが“大丈夫”なんですか。まだこんなにも熱いのに」

時間にして、ほんの数秒足らずの間。
額と額をくっつけて体温を計ってみせたエーリッヒは、やっぱりと言わんばかりの表情でシュミットを軽く睨む。

「それとも昨日のように、またココまで背負ってもらいたいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないが…」
「じゃあどういうわけなんです?」

額は離れたものの、未だ鼻先がくっつきそうな距離にあるエーリッヒの顔を直視できず、シュミットはほんのり赤かった顔をさらに赤くさせると居心地が悪そうに視線を彷徨わせた。

「その、明日までに提出しなければならない書類があって、だな」
「それなら心配いりませんよ。午前中に仕上げて提出しておきましたから」

え?、と顔を向けたシュミットにエーリッヒは心底不思議そうな表情を浮かべる。

「何ですか?」
「いや、ただ…。あの書類、軽く20〜30枚はあった気がするんだが…」
「それがどうかしたんですか?」
「…………悪い」

倒れた自分の世話だけでも大変なのに、本来なら自分がやるべき仕事――もっと厳密に言えばリーダーであるミハエルの、なのだが――まで任せる形になってしまい、シュミットは頭が下がる思いだった。
実際、感謝とお詫びの証に頭を下げたシュミットを、けれどエーリッヒが慌てて止めにかかる。

「や、止めて下さい、そんなことっ…」
「だが迷惑をかけたのは事実だろう」
「〜〜〜っ………それじゃあ、こうしましょう!僕に悪かったと思ってるなら、今日は一日ベッドで安静にしていて下さい」

その言葉に今度はシュミットが口をつぐんでしまう。
もちろん書類の件もあったが、ベッドから抜け出た一番の理由は“退屈で仕方がなかったから”というものだった。
それでも最後には渋々ながらベッドに戻ったシュミットは、ふと視界に入ったモノに目を止め、ベッドに腰をかけた恰好で友人を振り仰いだ。

「どうしたんだ、それ?」

突然の質問に、尋ねられたエーリッヒは一瞬ワケが判らないといった顔を浮かべたが、すぐさま表情を緩めると机の上に置かれたトレイをシュミットの机へと移動させた。

「食堂のおばさんから戴いたんです」

言い様、かけてあった布を取りあげれば、真っ赤な林檎が一個、果物ナイフとともに姿を現す。

「そうだ。せっかくですから“うさぎさん”にでもします?ミハエルには結構好評なんですよ」

クスクス笑いながら、器用にナイフを操っていたかと思うと、スッと差し出された“うさぎさん”に、だがシュミットは二度ほど目を瞬かせる。

「はい、どうぞ」
「……どうぞって、お前…」

フォークを受け取ろうと手を伸ばすものの、ヒョイと交わされ、一向に手放す気配をみせない幼馴染にシュミットは呆れた声を零す。

「フォークをくれないと食べられないだろう…。病人をからかって、そんなに楽しいか?」
「まさか。それに、食べられなくなんてないですよ」
「…コレのドコが―――…、んぐ」

こうすれば食べられるでしょう?
そんな台詞とともにニコニコと微笑んでいるエーリッヒに対し。
向かい合って座るシュミットは微かに眉を顰めると、自分の声を途中で奪ってくれたソレに思いっきり歯を立てた。
途端、シャリッシャリッとかみ砕くような音が響き、ごくりと大袈裟に飲み込んでみせたシュミットは恥ずかしそうに、けれどそれを押し隠すような仏頂面でエーリッヒを見遣る。

「ミハエルが言うには“うさぎさん”は自分で食べるんじゃなくて、こんな風に食べさせてもらうモノなんだそうです。…もう一口いります?」
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