*retsu-go*

□願うはただひとつ
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それもこれも、今回はエーリッヒと出会って、初めて迎える誕生日だったからである。

週末に遊びにきて、日曜日までシュミットの家に泊まって過ごす。
もちろん、その逆もしかり。
そんな付き合いを当然のようにしていたため、シュミットは今週もそうなるだろうと踏んでいた。
けれど現実はそれを大きく裏切り、揚げ句、エーリッヒに予定があることを聞いてしまった後では、招待状どころか誕生日のことさえ口にすることが出来なかった。

口にすれば、自分を気遣って、アイツを困らせるだけだ。

それが判っていたからこそ、凹みそうになる自分を何度も奮い立たせ、無理矢理笑顔を作ってみせた。
見送る時もポケットの中に入ったままのカードのことは考えないようにして、またなと手を振り続けた。

だが――
本当は帰ってほしくなかった。
“たいした事なんだ”と、“俺の誕生日なんだ”と伝えたかった。
“旅行なんかやめて、一緒に誕生日を祝ってくれ”と叫びたかった。
振っていた手で、帰ろうとするお前の手を掴みたかった。
…せめて、“またな”ではなく、“明後日遅れるなよ”と口にしたかった。

「……もう終わったことじゃないか。今更考えたって“仕方がない”ぞ、シュミット」

一つ溜息を吐き、自分にそう言い聞かせると、シュミットはベッドの上に転がったチェスを片付け始めた。



***



「ママ、カイザーのおじちゃまがきたよ〜」

そうして落ち込んだ気分のまま、ついにやってきた5月3日当日。
来客を知らせにきた少女は、そのまま母親の足元までやってくると、その傍らで正装に身を包んだ兄を見上げ、わぁ…と声を零した。

「お兄ちゃ、キラキラでお姫ちゃまみた〜い」
「…それを言うなら、王子様みたい、だろ?どこの世界に男の恰好をしたお姫様がいるんだよ」

第一、キラキラというのもよく判らない。
派手なドレスや宝石で着飾っているならまだしも、自分が着ているのはごくごく普通のタキシードなのだから。
その点、フリルがふんだんに使われた淡いピンク色のドレスを着ている妹――ビアンカの方が、お姫様と呼ぶに相応しい恰好である。
幼い妹の思考回路が理解できず、そんな風に返していると。

「ほら、二人とも。そろそろ始まる時間よ。早く行って皆さんに挨拶をしないと」

ビアンカを抱え、立ち上がった母親に促されたシュミットは嫌々ながら部屋を後にする。
だが階段を降りきったところで、不意に聞き覚えのある声を耳にし。
え…と顔をあげた先――玄関口でメイドの一人と話している少年の姿を捕えた瞬間、その瞳が大きく見開かれる。

「お前っ…!どうしてココにいるんだ、エーリッヒ!?」

居るはずのない、けれど居てほしいと願って止まなかった相手が目の前にいる光景に、傍へと駆けていくシュミットの顔に自然と喜びの色が広がる。

「旅行はどうしたんだ?こんな時間にココにいるってことは、行かなかったのか?」
「いえ、旅行にはちゃんと行きましたけど…。それよりシュミット。誕生日、おめでとうございます」

にこりと微笑み、そう告げたエーリッヒに、だが言われた当の本人はキョトンと目を瞬いただけで、すぐに返事を返すことが出来なかった。
それでも、ありがとう…とお礼を返したシュミットは、そうだっと呟きながら、持っていた紙袋を漁り始めた友人を不思議な思いで眺めていた。
もちろん、その思いの中心は“何故知っているんだ?”という疑問、ただ一つである。
そうして。
漸く目当ての品を見つけたのか、嬉しそうな声を零した幼馴染に、シュミットは意を決したように口を開く。

「エーリッヒ。何で知ってるんだ、今日が俺の誕生日だって…?」
「私が教えたのよ」

二の腕を掴み、尋ねてきた相手の迫力に押されながらも、口を開きかけたエーリッヒは。
けれど不意に廊下の奥から聞こえた声と、そして現れた女性の姿を目にすると、慌ててぺこりと頭を下げた。
そんな少年に、こちらも挨拶を返しながら二人の傍までやってきた母親を、シュミットの瞳が不思議そうに振り返る。

「母、さんが…?」
「そうよ。シュミットってば、エーリッヒくんが帰った後から様子がおかしかったでしょう?だから気になって電話をしてみたのよ。そしたら…カードどころか誕生日のことも知らないっていうんだもの」
「それは……」

仕方がないじゃないか。
だってコイツが旅行の話なんてするから言えなかったんだ。
心の中で愚痴り、ぶす…っとふて腐れた表情を浮かべていると、隣から親友の声が耳に入ってくる。

「あ、あの…電話でも言いましたけど、それって僕のせいなんです!僕が先に旅行の話をしてしまったから…」
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