*retsu-go*

□恋の憂鬱
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それは何の変哲もない、もう何度目にしたか判らない伝票だったが、そこに書かれたメニューに目を通した途端、エーリッヒの瞳が驚いたように大きく見開かれる。

「あの、コレって…」
「我らがチームリーダーからのリクエストだ。お前ならレシピがなくても作れるだろう?」
「む、無茶言わないで下さい…!教えて頂いたのって随分前なんですよ?ちゃんと作れる自信なんて…」

紙面に書かれていたもの――それは以前、ミハエルの母親からご馳走になったことのある“ヴァイツゼッカー家オリジナル”のパスタだった。
大好きなミハエルのためならば、と思う一方で。
拭い切れない不安からか、まるで捨てられた子猫のように瞳を揺らしたエーリッヒに、シュミットは抱きしめた腕に力を込める。

「大丈夫だ。お前が試作品だと言って作った料理を、今まで俺が一度だって食べ残したことがあるか?」
「………ですが、」
「ならば。お前の料理を楽しみにしているミハエルに、作れないからと今から断りに行くか?ただでさえ、楽しみにしていたお前のウェイター姿が見れなくて落ち込んでいるリーダーに」

刹那、弾かれたように後ろを振り返った親友へ、シュミットは苦笑を浮かべる。

「カメラまで用意して…あれはもう、子供の晴れ姿を収めようとする親の姿だな」
「…そういえば僕、ホールの話だけで、裏方の話なんて一つも……。アッチには貴方がいるし、大丈夫だと思って。まさか、そんなことを考えてらしたなんて…」
「だがお前は厨房担当で、ホールには行けない。だったらせめて、お前の作った料理を食べて貰いたいじゃないか」

そう思わないか?
首を僅かに傾け、尋ねたシュミットにエーリッヒが頷かぬ理由などドコにもなくて。
作りかけだった料理を完成させると、エーリッヒはすぐにミハエルの料理へと取り掛かった。


***


『きゃ〜vVエーリッヒくんてばカッコイイ!』
『スッゴク似合ってるよ』

衣装のサイズ調整を行っている女生徒たちから口々にそう言われ、エーリッヒは有難うございますと微かに頬を染めながらはにかんだ。

『これでシュミットくんもウェイターだったら、言うことなかったんだけどなぁ』
『あ、私もそう思う!』

裁縫道具を片しながらの残念そうな声に、エーリッヒはベストを脱ぎかけた手を止めると、少女たちを振り返る。

――と、ちょうどその時。

『エーリッヒ、衣装合わせは終わったのか?』

ガラリと開いたドアから入ってきたのは、渦中のシュミット本人で。
エーリッヒが声を発するよりも早く、駆け寄った少女たちに周りを囲まれてしまう。

『今からでも遅くないわ。誰かと代わるべきよ!』
『………は?』
『何だったら、私が代わりに―――』
『バカね。それだと服の数が合わないじゃない。シュミットくんにスカート履かせる気?』
『あ、そっか』

口々に囃し立てる少女たちに、シュミットの視線が助けを求めるようにエーリッヒへと向けられる。

『皆、貴方にはウェイター役をやって貰いたいんだそうです』

苦笑混じりにエーリッヒがそう告げれば、そうだと言わんばかりに力一杯頷く少女たち。
親友の言葉で漸く話の内容が判ったシュミットは、だが困ったように微笑んでから首を横に振ってみせた。

『そう言ってもらえるのは嬉しいが、クジで公平に決まったことだから』
『う〜……絶対、カッコイイと思うんだけどなぁ』
『でも、シュミットくんがそう言うんじゃ、仕方ないよね』
『……こうなったらエーリッヒくん!』

シュミットを囲んで落胆の色を隠せない少女たちは、不意にエーリッヒへと向き直ると、その手をギュッと握りしめた。
そうして口を開いて告げたことはと言うと…

『大変だと思うけど、そのルックスと性格で、女の子のお客さんをたっっくさんゲットしてきてね!』
『………へっ?あ、あの』
『ちょっと待て。別に“ゲット”しなくたって、普通に店員の仕事をしていれば良いんじゃないのか?何でそんなこと…』

あまりの展開についていけず、二の句が告げないでいるエーリッヒの隣で、シュミットが口を挟む。

『何でって……あれ?知らないの?学園祭で一番盛り上がったクラスには、賞品として高級旅館の宿泊券が貰えるのよ』

一人の少女が、一度行ってみたかったのだと口を開けば、それは隣の子へと伝染していく。

しっかりとシュミットくんの分まで頼んだわよ
そんな激励の言葉をくれた相手に、エーリッヒの顔が微か強張ったのを目にし。
シュミットはその腕を掴むと、徐に部屋の隅へと引きずっていく。

『シュ、シュミット…?』
『俺と代われ、エーリッヒ』
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