*retsu-go*

□恋の憂鬱
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『…ぇ、』
『少なくとも俺の方が、お前より異性の口説き方を知っているしな』
『っ…さっきは公平に決めたことだから、交代はしないとか言ってたくせに。そんなにしてまで、女の子を口説きたいんですか。』
『バカ、勘違いするな』

小さく息を吐くと、シュミットはエーリッヒの格好を上から下まで眺める。

『だったら聞くが、お前に女の子を“呼び込む”なんて芸当ができるのか?』
『……練習すれば、何とか』
『無理だな』
『ッ…!?やってもいないのに、そんな言い方をしなくても…』
『判るから言ってるんだ。お前と何年付き合ってると思ってるんだ?』

それに、と呟いたシュミットはエーリッヒから気まずそうに視線をそらす。

『嫌なんだよ。お前がその…そんな目で終始見られているのかと思うと』
『…………。それを言うなら、僕だって』

短い沈黙の後。
チラリと相手を窺った拍子に目が合い、互いの頬が微かに色付く。

『…と、とにかくだ。今回は俺の顔を立てると思って、黙って交代してくれ、エーリッヒ』
『…顔って、』
『お前だって知っているだろう?俺の家庭科の成績がどれだけ酷いか』

あ、と声を零したエーリッヒに、言いたくもないことを言うハメになってしまったシュミットは決まり悪そうに明後日の方角を向くと、顔の赤みを少しだけ強くさせる。
エーリッヒは暫くその表情を見つめていたが、不意にクスリと微笑うと、判りましたと頷いたのだった。


***


「―――…、ト……シュミット?」
「ん、…何だ?」

テーブルに頬杖をつき、親友の姿を眺めていたシュミットは、かけられた声に数秒遅れて返事を返した。
いつの間にか意識を飛ばしていたらしく、夢の中のエーリッヒと今目の前にいるエーリッヒの格好に、記憶が混乱してしまう。
だがそれも一瞬だけで

「どうかしたんですか、ボーッとして?…もしかして疲れてます?」
「いや、…ちょっと考え事をしていただけだ。それより出来たんだな」

軽く首を振って否定すると、シュミットは目の前に置かれた料理へと視線を落とした。

「ですが、レシピがうろ覚えなので、やっぱりちょっと不安ですけど…」
「そんなことはない。とても美味しそうに出来てるじゃないか。…お疲れ様」

労いの言葉とともに、シュミットは苦い笑みを顔いっぱいに張り付けている相手の肩を引き寄せると、軽く触れるだけのキスを頬に贈る。
刹那。
遠くで激しく物が落ちる音がしたものの、そこは敢えて無視。
そうして固まっている恋人の耳元でヒソヒソと何事かを囁くと、料理を手に調理室を出ていった。


***


ウェイターも良かったが、やはりエプロン姿も捨て難いな…

夢の余韻が消えず、そんな事を考えていたシュミットは、不意に袖口を引っ張られ、何事かと視線を向けた。
だがそこでぶつかった深緑の瞳に、まるで心を覗かれたような錯覚を感じ、思わずギクリと肩を震わせてしまう。

「な、何ですか、リーダー?」
「別に他人の顔に文句なんて付ける気はないけどさ、いい加減“ソレ”は止めた方が良いと思うよ?横でずっとニヤけていられると、すっごく気持ち悪いんだけど」
「ッ……そんなに、顔に出てました?」
「うん。ていうか、今も出てるしね」

ま、何を考えてたのかは聞かないでいてあげる。
軽くショックでも受けているのか、口許を無言で覆ったシュミットにそう告げると、ミハエルは目の前に置かれた料理へと目を向けた。

「それにしても、エーリッヒには本当ビックリさせられるよ。僕なんて母様と一緒に作ったって、こんなに上手く出来たことないもん」
「それは…エーリッヒが聞いたら喜びますよ。レシピがうろ覚えだからと、酷く不安がってましたから」
「ふ〜ん。…ねぇ、だったらエーリッヒをココに呼んでよ、シュミット」

不意に要求された内容に、だがシュミットはマヌケな声を上げると、怪訝そうに眉を潜めた。

「…………は?エーリッヒを、ですか?」
「そう。そんなに不安がってたなら、今すぐ感想を聞かせてあげたいでしょ?もちろん僕の口から、直接ね」
「…ですが、猫の手も借りたいほど忙しい調理場から勝手にいなくなれば、他の人間に迷惑がかかりますし。コチラに来られない代わりに、せめてリーダーの大好きなモノでもてなそうとした、アイツも想いを無駄にすることに―――」
「…ホントにまだ、“猫の手も借りたいほど忙しい”のかな?僕が来た時に比べて、大分落ち着いてると思うけど?」

周囲を見渡せば確かにその通りで、シュミットは反論できずに黙り込むと、心の中で舌打ちをした。
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