*theme*
□今日だけ
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相手の視線を、林檎を催促してのことだと勘違いしたエーリッヒは、あーん、と続けながらさらにフォークを差し出す。
その言動にシュミットは一度大きな溜息を吐くと
「ソレもミハエルの受け売りか…」
「それって…?」
「ッ…だ、だから今の…あ、“あーん”ってヤツだよ」
「そうですけど…どうして判ったんです?」
判るだろ、普通っっ!!!
恥ずかしそうに笑う姿に、そう突っ込んでやりたい衝動を必死に抑えると、シュミットは何かに気付いたようにハタ…と動きを止める。
「もしかして、ミハエルにも今のをやった事があるのか?」
「あるというか、ほとんど毎回やらされますけど。…シュミット?」
瞬間、ヒク…と口許を歪めたシュミットに、エーリッヒはキョトンと目を瞬く。
そんな姿に今度は額を抑えると、シュミットは脳裏を過ぎった光景に小さく舌打ちをした。
それは今の自分のように、ミハエルが林檎を食べさせてもらっている光景で。
想像すればするほど胸の辺りがムカムカしてきて、それらを消し去るように一度大きく息を吐き出すと、シュミットはチラリと視線を上げた。
それをどう受け取ったのか。
エーリッヒはフォークを戻したお皿ごとシュミットに林檎を差し出すと、小さく苦笑を浮かべた。
「心配しなくても、もう貴方にこんな事はしませんから安心して下さい」
「え、」
「じゃあ、そろそろ学校に戻りますね。…あ。誰もいないからって、勝手に起きたりしないで下さいよ?約束なんですから」
釘を刺し、次いで背中を向けたエーリッヒを、だが不意に伸びたシュミットの手が引き止める。
そうして、不思議そうに振り返ったエーリッヒからぎこちなく視線をずらすと、
「俺にはってことは、ミハエルにはするってことなのか?」
ぶっきらぼうな声で、そんな風に呟いた。
「俺にしないというなら、ミハエルにもしないと誓ってから行け。」
「それは…。ですが、」
「それが出来ないのなら、俺に対してだけ止めるなんて言うな。不公平だろう」
「ふこ、…」
エーリッヒは暫く呆気に取られたような表情でシュミットを見つめていたが、不意に困ったように苦笑すると、
「止めて欲しかったんじゃないんですか?それに、僕が後者しか選べないって知ってるでしょう。なのに、そんな…」
「知ってるさ、そんなこと。…だが、いつ俺が“止めてほしい”なんて言った?」
これには、さすがのエーリッヒも目を大きく見開くと、違うんですか?と驚いた声で尋ねた。
「だって、さっきは嫌そうに顔を顰めてたじゃないですか」
それはミハエルにも同じことを、しかも何度もしていると知ったからだっ
けれどまだ胸の内に抱えた想いを伝える勇気のないシュミットは、生まれつきだの一言で片付けてしまうと、スッとお皿をエーリッヒに突き返した。
「前者を選ばなかったお前が悪いんだからな。コレを全部食べ終わるまで付き合ってもらうぞ、エーリッヒ」
差し出されたお皿と親友とを交互に見比べていたエーリッヒは、だが慌てたようにシュミットに背を向けたかと思うと、小刻みに肩を震わせ始める。
そんな反応にシュミットの顔が怪訝な色を帯びていくのは当然のことで。
どうしたんだ?、と尋ねたシュミットにエーリッヒは押さえた口許の手はそのままに振り返ると、スミマセンと謝った。
「その…違っていたらスミマセン。もしかして、淋しかったんですか?ずっと一人でいたから」
「ッ…な、何だ、突然…」
「だって、貴方がこんな風に甘える姿なんて初めて見ましたから」
「あっ甘、…って、ドコをどうすればそうなるんだっ!?」
「ドコって…。例えば…絶対に首を横に振れないような質問をして、部屋から出ていこうとするのを邪魔したり、とか…?ミハエルが甘えてくる時によく使う手なんですよ」
苦笑混じりに言われた言葉は、そのまま自分の取った行動すらも呆れ、笑われているようで。
シュミットは魂が抜け落ちたように項垂れると、無言でベッドに潜り始めた。
「え?あの、シュミットっ?」
「放っておいてくれ。この歳にもなって、他人に甘えるなんて…しかもミハエルと同類…」
シーツ越しに聞こえてくる声の沈みっぷりに、エーリッヒは再度スミマセンと謝ると、でも…と呟くように口を開いた。
「少し、嬉しかったんです。こんなこと言うと、貴方は怒るかもしれませんけど…」
「……………」
「甘えてもらえるってことは、それだけ頼りにされてるってことでしょう?こんな時じゃないと、貴方に頼られることなんてないですし…」
「頼りにしてるさ。いつも」